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2021/8

西洋医学と中医学、両視点から病気を治す 「中西医結合医療」の重要性

手術や投薬により病気の症状を抑える西洋医学と、漢方を用いて患者さんの体質を改善する中医学。ふたつの医療について深い見識を持つ汪先恩氏は、双方の長所を活かした「中西医結合医療」の重要性を訴えています。後編では、汪氏が「中西医結合医療」によって改善した症例を紹介するとともに、日本における同医療の現状、課題をひもときます。

汪 先恩

華中科技大学同済医学院 教授 / 順天堂大学消化内科准教授

糖尿病、アトピー性皮膚炎、花粉症など
西洋医学では治りにくい疾患が快方に

前編はこちら

「中西医結合医療」は、中国の伝統医学である中医学と西洋医学、それぞれの長所を取り入れた医療です。私は中国の大学院修了後、同済医科大学中西医結合研究所・付属同済医院で西洋医学を研究しながら、同時に漢方についても学びを深めました。その後、日本に派遣され、アトピー性皮膚炎や花粉症などのアレルギー性疾患が、日本国内で大きな問題になっていると知ったのです。

私の同僚もそのひとり。彼はアトピー性皮膚炎と肝機能障害を患っており、仕事も休みがちでした。当時の私はアトピー性皮膚炎という名前も知りませんでしたが、中医学でなら治るのではないかと考え、私が調合した漢方薬を薦めることに。そしてしばらく服用を続けてもらったところ、どちらの病気も完治したのです。

すると、その噂を聞きつけた方が次々に私のもとを訪れるようになりました。冷え性、不妊症、うつ病、肝機能障害、糖尿病など、多岐にわたる疾患を抱える方々が、私を頼ってきたのです。彼らは、西洋医学による治療を行っていましたが、完治には至りませんでした。そこで彼らを診断し、必要な漢方を処方したところ、どの方々も回復していったのです。私も医師ですから、患者さんの病気が治るのは大変うれしいこと。こうした経験が積み重なり、やがて体質改善のための漢方サプリの開発などにつながっていきました。

 

西洋医学と中医学の相乗効果で症状が改善
「中西医結合医療」の実践例

では、「中西医結合医療」がどのような効果を発揮するのか、私が出会った患者さんとその症例について紹介します。

①虫垂炎術後の傷口不癒合

中国で「中西医結合医療」について勉強している時、私が出会ったのが虫垂炎の患者さんです。その方は、外科手術を終えてから1ヵ月半も傷口がふさがらず、抗生物質の投与や点滴、ガーゼの交換などを続けていました。それでも快復せず、外科医が私に依頼を持ち掛けたのです。そこで診断を行ったところ、中医学で言う「気血虚」(活力と滋養作用が低下した状態)でした。つまり本人の再生能力が低いため、傷がなかなかふさがらなかったのです。そのため、症状に応じた漢方薬を服用してもらったところ、1週間で傷が治りました。分子レベルで研究したところ、こうした漢方を添加すると細胞の増殖と遊走スピードが速くなるという結果も出ています。化学薬品には見られない、漢方ならではの興味深い作用です。

②生理痛

日本では、生理痛に見舞われた場合、多くの女性が鎮痛剤を服用します。確かに鎮痛剤を使えば、痛みの伝達物質をブロックできます。しかし、長期的に服用すると胃腸がダメージを受けたり、体が冷えやすくなったりします。すると免疫が低下し、将来的に子宮筋腫を誘発する可能性も生じます。一方、中医学では痛み止めは使わず、体の調子を整える漢方を処方します。私が出会った大学生は、生理痛がひどく、ベッドから起き上がることもできないほどでした。そこで約半年にわたって漢方を服用したところ、生理痛はもちろん、肩こり、イライラ、睡眠不足もすべて治りました。体質そのものが変わったのです。もちろん我慢できない痛みに対しては一時的に鎮痛剤を使ってもいいでしょう。ただし、長期的に服用するのではなく、痛みの原因である体質の改善がより重要だと考えています。

③喘息

 西洋医学では、喘息の患者さんに対し、気管支を拡張するホルモテロールと炎症を抑えるステロイドなどを使用するのが一般的です。確かに苦しい症状を抑えることはできますが、喘息そのものが治ることはなく、常に薬を持ち歩かねばなりません。私が依頼を受けた患者さんは、まだ小学生の女の子でした。これからの長い人生、ずっと薬を使い続けるのは大変です。その患者さんは、動悸と呼吸困難でICUに入るほどの重症でしたが、漢方に切り替えたところ完治しました。今では薬なしで生活しています。

個人的な見解ですが、子どもの病気は化学薬よりも漢方のほうが適しているように思われます。少数の遺伝的な病気を除き、子どもの病気は大部分が軽症です。にもかかわらず、強い薬剤を使うと体が弱ってしまいます。脳の発育する成長段階では、副作用のない漢方を優先的に取り入れることをおすすめします。

④原発性直腸悪性リンパ腫

 原発性直腸悪性リンパ腫4期となり、余命2ヵ月と宣告されたご老人も「中西医結合医療」により目覚ましい回復を見せました。西洋医学に基づく手術を終えると同時に、漢方で免疫を向上させたところ、術後の経過も良好に。肝臓の解毒能力を超えると、化学治療の副作用が発生するため、肝機能を高める漢方サプリを処方したのが功を奏したのでしょう。それから14年が経ち、93歳になった今もお元気です。

⑤アトピー性皮膚炎、潰瘍性大腸炎

ある患者さんは、アトピー性皮膚炎と潰瘍性大腸炎を併発していました。アトピー性皮膚炎を治す自信はありましたが、潰瘍性大腸炎については様子を見ることに。しかし、アトピー性皮膚炎が完治した状態で大腸の検査を行ったところ、潰瘍性大腸炎も治っていたのです。よく調べていくと、どちらの病気も免疫が低下して自分の皮膚を攻撃するという共通点がありました。表面的な皮膚を攻撃するのがアトピー、大腸の皮膚、つまり粘膜を攻撃するのが潰瘍性大腸炎です。そのため、漢方による体質改善で、どちらも治すことができたのです。

⑥糖尿病、高尿酸血症、うつ病

重度の糖尿病を患う35歳の男性は、高尿酸血症、うつ病も併発していました。通常であれば食後2時間後の血糖値は140mg/dlを超えることはありませんが、彼の場合、血糖値が310mg/dlに達し、呼吸困難や失神を引き起こして救急病院に搬送されたことも。こうした症例において、西洋医学では血糖値を下げるために投薬するのが一般的です。しかし、中医学では代謝を促進する漢方サプリを処方します。糖尿病の患者さんは、ブドウ糖や脂肪を燃焼する力が弱く、エネルギーが生み出せません。燃焼不全を改善しない限り、血液の糖を下げるだけでは根本的な解決にはならないのです。そこで、肝臓をはじめエネルギー代謝を促進する漢方を調合し、中医学で言うところの「気血」を巡らせるようにしたところ、1ヵ月後の血糖値は154mg/dl、3ヵ月後には120mg/dlになりました。現在は、社会復帰もできています。

 

時代が変われば病気も変わる
漢方もアップデートすれば効果が高まる

残念ながら、今の日本では「中西医結合医療」に力を入れている病院はほとんどありません。日本で中医学を取り入れる場合も、まず病院で検査や手術、治療を受け、それでも治らない場合に漢方を用いた治療を行うケースが多いのではないでしょうか。ですが、将来的にはぜひとも「中西医結合医療」を導入してほしい。そのためには政策や国の方針から変えていく必要があると思います。中国では、中医(中国の伝統医学)、西医(西洋医学)、両方を熟知する中西医の3チームがあり、どの病院にも中医科が存在します。日本の病院にも1~2人は中医に造詣が深い医師、あるいは中国の専門家を配置すれば、患者さんにより良い医療を提供できるのではないかと思います。

とはいえ、日本では「漢方=効き目が弱い」というイメージをお持ちの方も多いでしょう。しかし、それは数百年前から調合を変えていないからです。時代によって生活習慣が変われば、人々の体質も変わります。病気の性質も、昔と今では大きく変化しました。アトピー性皮膚炎や花粉症のように、かつては存在しなかった病気も人々を苦しめています。病気の構造や体質が変化しているのですから、昔ながらの漢方をそのまま使えば効果が薄いのは当たり前。東京をドライブするのに、江戸時代の地図を見ているようなものです。漢方も、時代に応じてアップデートするべきでしょう。

また、日本では漢方が間違った使い方をされているのをよく見かけます。例えば「大建中湯」という漢方は、便秘薬として使用されることが多いはず。しかし、そもそもこれは胃腸の冷えに効く漢方です。ひと口に便秘と言っても、冷えにより腸が蠕動しない便秘、ストレスによる痙攣性便秘、代謝が激しくて大腸からも水を過吸収する便秘の3タイプがあります。最初のタイプには「大建中湯」が効果的ですが、残る2タイプには適応しません。「便秘の方は、みなさんこれを使ってください」というのは間違っているのです。このように、中医学の知識が不充分なまま漢方を処方しても、効果は見込めないでしょう。こうした問題を払拭するためにも、日本においても中医学の教育をもっと行うことが必要です。

医師や看護師といった医療従事者の方々には、ぜひ中医学に触れてほしいと願っています。西洋医学を知る方が中医学を学ぶと、視野が一気に広がります。さらに、「養生」の素晴らしさを知ることで、自分の健康にもプラスに働きます。中医学は「養生」の医学です。生活習慣、睡眠、休憩、食事、精神面のバランスを取れば、自分自身で病気を防ぎ、健康な状態を長く保つことができます。日本では多くの方々が過労死していますが、事前に疾患が見つからず、ある日突然亡くなるケースがほとんどではないでしょうか。しかし、養生という考え方を身につければ、こうした事態も避けられるのではないかと思います。

西洋医学と中医学、片方だけでは患者さんが抱える問題も片面でしか見られません。両方の医学を知れば、患者さん全体を診ることができます。ひとつの方法で治療できなくても、もうひとつの方法でなら治るかもしれない。ぜひ両医学の長所を取り入れた「中西医結合医療」の有用性を、より多くの方々に知っていただきたいと思います。

汪 先恩

華中科技大学同済医学院 教授
順天堂大学消化内科 准教授

1961年生まれ。安徽中医薬大学医学部卒業後、同済医科大学大学院(現・華中科技大学同済医学院)で西洋医学を学ぶ。その後、同済医科大学中西医結合研究所・付属同済医院で「中西医結合医療」の研究と臨床に従事する。1991年、金沢医科大学に派遣され、1993年から順天堂大学にて肝線維化の機序、胃粘膜損傷修復の機序について研究。並行して、「中西医結合医療」を実践。体質を改善する漢方サプリメントの開発に携わる。著書に『図説中医学概念-中西医結合の視点から』(山吹書店)などがある。

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