インタビューアーカイブ

2021/10

患者さんと家族を丸ごと支援する 「家族看護」のあるべき形

「家族看護」は、患者さん本人だけでなく、その家族も対象とした看護です。患者さんを抱える家族の不安や悩みを和らげ、家族が危機状態を乗り越えるため、看護師は患者さんとその家族をサポートしています。長野県看護大学教授 柳原清子氏は、そんな家族看護の第一人者。家族看護のあるべき形、家族看護において看護師が果たす役割について、お話をうかがいました。

柳原 清子

長野県看護大学教授 / 「渡辺式」家族研究会代表

がん終末期の家族へのインタビューを通じ
家族看護の奥深さを実感

家族の一員が病気を患うと、その家族もさまざまな影響を受けます。そこで、患者さんだけでなく、家族をひとまとまりとして捉えて、看護の対象としてケアを行うのが「家族看護」です。

私は1970年代から80年代まで、約15年にわたって看護師として臨床経験を重ねてきました。当時はがん患者が増加しており、患者さんの死亡率も高かった時代。ターミナルケアという概念もまだ浸透しておらず、終末期の患者さんは心身の苦痛に苛まれ、彼らと向き合う医療従事者も大変な思いをしていました。こうした状況ですから、看護師は患者さんの家族を気にかけながらも、目の前の患者さんを看るのに精一杯。当時は、家族のケアまで十分に手が回っていませんでした。

こうした経験を踏まえ、私は大学院で社会福祉について改めて学び直すことにしました。研究テーマは「がん終末期の家族」。がんで家族を亡くした方々へのインタビューを行い、がん終末期の家族はどのような対処をしており、また支援が必要なのか研究を行ったのです。患者さんが働き盛りの年代であれば、その家族は配偶者や子どもですが、老親の存在もあります。つまり、老親が我が子を亡くす「逆縁」が発生するのです。悲嘆に暮れる家族から話を聞くうち、私は家族支援の奥深さをひしひしと感じました。そして“がん”“終末期”“家族”という3つのキーワードが、私の研究の主要テーマになっていったのです。

こうした研究を経て執筆したのが、家族を亡くした遺族へのインタビュー集『あなたの知らない「家族」』です。タイトルを聞くと、「あなたは家族のことを知らないでしょう?」と上から目線でものを言っているように感じるかもしれませんが、そうではありません。タイトルの「あなた」は、読者である医療者、調査研究者である私自身、そして語っている家族自身をも指しています。つまりインタビューの過程で、家族自身も語りながら、自分や亡くなった患者さんについて新たな発見、再確認をしていくのです。この経験は「ナラティブアプローチ※1」、つまり「語り」への関心にもつながっていきました。こうした経験を踏まえながら、2008年から東海大学大学院で、家族支援専門看護師(CNS)の教育を行うようになりました。

※1 ナラティブアプローチ…問題を抱えている人の「語り」や「物語」に着目しながら解決策を見出していく実践方法

 

医療従事者にとって
患者さんの家族は“資源”であり“ケアの対象”

そもそも看護師にとって、患者さんの家族は非常に助かる存在です。検査・手術を行う時には家族の承諾が必要ですし、インフォームド・コンセントの対象になるのも患者さんとその家族です。また入院費の保証人になるのも家族です。医療従事者にとって患者さんの家族は重要であり、キーパーソンとして“患者さんを助ける存在”、つまり“資源”として見ています。その一方で、逆の立場で意識させられるのは、クレームを言い立てたり、退院の日程を調整しようとした途端に面会に来なくなったりした時です。

一方で、家族は看護師がケアを提供する対象でもあります。例えば、統合失調症は青年期に発症することが多い疾患です。身内が突然精神疾患を発症すれば、家の中は嵐のような状態になり、家族全体が非常に苦しみます。家族全体の調整をしていかないと、患者さんはなかなか回復できないでしょう。また、ターミナルケアの現場においては、家族は近い将来の“身内の死”に直面することになります。死という対象喪失で、家族は混乱し苦悩します。医療従事者にとって患者さんの家族は、“資源”であるだけでなく、まぎれもなく“ケアの対象”でもあるのです。

 

患者さんと家族を切り分けて考えるのではなく
患者さんも含めた家族を丸ごとケアする

先ほどお話したとおり、私が臨床看護師だった頃は、「患者さんが第一、家族は第二」という空気がありました。しかし、今や家族看護は当たり前のものとなっています。特にターミナルケアにおいては、患者さんだけではなく、家族ケアも行われています。在宅看護にも家族が欠かせませんし、小児看護も親御さんを抜きにして行うことはできません。大学などでは「家族看護学」がカリキュラム化されています。

とはいえ、家族看護アセスメントの課題もあります。家族看護というと、「患者さんと家族を切り離し、家族のほうをケアする」という発想に陥ることがよくあります。家族看護の本質は家族システムの見方です。患者さんは家族の一員で、影響を他のメンバーに与えますが、患者さん自身も影響を受ける、つまり家族というひとまとまりの中で、相互に影響を与えあっているのです。そこをアセスメントし、家族丸ごとを支援するのが家族看護です。

こうした考えをもつと、家族の見つめ方が変わります。その患者さんは、家族の中でどのような立場や役割をとっているのか。そして、家族の中ではメンバー同士がどのような相互作用を起こしているのか。患者さんと家族を切り分けて考えるのではなく、家族をひとつのシステムとして捉えることが重要です。

例えば患者さんが小児の場合、その子のお父さんとお母さんに対して個別にアプローチするのは小児看護です。一方、家族看護は、お父さんと子どもの関係、お母さんと子どもの関係、お兄ちゃんと子どもの関係を見つめるだけなく、家族というユニット(まとまり)における患者さんの位置づけを見ていきます。さらに、お父さんとお母さん、お母さんとお兄ちゃんといった横のつながりにも目を配ります。小さい弟が病気になれば、お兄ちゃんも当然影響を受けるはず。家族一人ひとりがどのような相互作用を起こしているのか、家庭内でどのような動きがあるのかという見方をするのが、家族看護なのです。

新型コロナウイルス感染症を例に挙げると、よりわかりやすいかもしれません。家族の一員がコロナに罹り、入院もできないとなれば、家族全員が影響を受けます。家族が家に閉じ込められれば、社会的に孤立するかもしれません。こうした状態が長く続けば、家族の関係がギスギスすることもあるでしょう。このような状況に陥った時、家庭内で何が起きているのかを見つめ、家族を丸ごとケアする医療者の目線が重要です。

こうした様々な場面で役立つのが看護師の調整スキルです。病棟看護師は日頃から患者さんと医師のハブになり、リハビリや検査などのスケジュール調整を行っています。また、患者さんの家族とも、退院調整や、今後の治療方針について意思決定が必要な場合は、家族が決断を下せるよう調整をすることもあるでしょう。これまで患者さんと医師、患者と家族をつないできた調整スキルを活かしながら、コロナ禍でどこかで溝ができてしまっている家族間をつなげるのは、看護師だからこそ担える役割なのです。

後編では、家族看護のさまざまなモデルの中でも、現場の困りごとを解決に導く「渡辺式家族看護」について語っていただきました。

柳原 清子

長野県看護大学教授

1976年、金沢大学医療技術短期大学卒業後、明治学院大学等で社会福祉学を学ぶ。その後大学院等で社会福祉学博士をもつ。
臨床看護師として約15年にわたって経験を積み、1994年より日本赤十字武蔵短期大学、新潟青陵大学、新潟大学、金沢大学で老年在宅看護、終末期看護、がん看護、家族看護、基礎看護を担当する。東海大学では、家族支援専門看護師、がん看護専門看護師の教育を行う。2021年より長野県看護大学成人看護学教授であり、「渡辺式」家族研究会代表を務める。

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