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2022/7

インターネットにのめり込んでいく若者たち。自分ではコントロールができない「依存」の沼とは?

昨今、テクノロジーの目覚ましい発展により、誰もがデジタルデバイスを所持するようになりました。そんな時代で問題視されているのがインターネット依存。インターネットを使用したアプリなどにはまり込んでしまうことで、日常生活に支障をきたすケースも少なくありません。インターネット依存に対する治療の第一人者である樋口進氏は、デバイスを手放せなくなってしまう理由のほとんどが「オンラインゲーム」だと言います。今回は、インターネット依存の専門治療を行う久里浜医療センターの名誉院長・顧問である樋口氏に、インターネット依存の現状についてお話をうかがいました。

樋口進

久里浜医療センター名誉院長・顧問 WHO物質使用・嗜癖行動研究研修協力センター長

断酒会からヒントを得た、 依存症に有効な治療方法

「インターネット依存」という言葉を耳にするようになったのは1998年頃。20年ほど前の話です。以降、モバイル端末などの所持率の増加に伴い、インターネットに依存する人が年々増えています。

その原因の一つには、ゲームの広告が増えたことが挙げられます。最近はテレビや街中でも頻繁にゲームアプリの広告を目にしますよね。広告はゲームの良いところや面白いところのみを強調して宣伝するため、多くの若者や子どもたちが依存の恐ろしさを知らないまま気軽に手を出してしまい、使用時間を制御できなくなってのめり込んでしまうケースも多くみられます。また、ここ数年では、新型コロナウイルス感染症の外出自粛で他にすることがないために、ゲームに依存する人が増えているという調査結果もあります。

私が依存の研究・治療を始めたきっかけは1979年にさかのぼります。研修医時代に精神科で研修をする機会がありました。精神科にはアルコール依存症の入院患者さんたちが入院していたのですが、彼らは入院をしているだけで、特に治療を受けていなかったのです。依存に対する特別な治療がないという事実を始めて知り、唖然としたのを今でも覚えています。

入院だけでは依存の根本的な解決にはならないと考えていた時に、山形の「断酒会」のメンバーとお会いする機会がありました。断酒会の皆さんは非常に紳士で、きっぱりお酒を断たれて、仕事にもしっかり従事されていました。自分の失敗を振り返り「二度と繰り返さない」という強い意志のもと、仲間と本音で話し、励まし合うことで依存から立ち直ることができる。そう話す断酒会の皆さんに触発され、初めはアルコール依存の専門家として、久里浜医療センター(旧国立療養久里浜病院)で研究・治療をスタートしました。

 

270万人以上の依存患者を救うために
日本がインターネット依存の治療で世界をリードする

インターネットへの依存に注目をしたのは2008年のことでした。厚生労働省が5年に1回「全国成人の飲酒行動に関する実態調査」という科学研究を実施していますが、そこで「インターネット依存」の現状についても調査を行いたいと考え、調査内容に組み入れることに。結果、推計値で成人の270万人がインターネット依存疑いに当てはまっていました。

では、一体誰が270万人の診療をしているのか。調べてみたところ、2008年当時はどこにも専門治療を行っている機関がありませんでした。そこで、久里浜医療センターは依存に関する専門治療の長い歴史がありますので、今までのノウハウを活かして、インターネットの依存に関する専門診療を始めることになりました。

インターネットの依存に対する専門外来を設けたのは2011年7月のこと。世界的にも珍しく、新しい取り組みでした。2019年、WHO(世界保健機関)が「ゲーム障害」を新しい診断ガイドラインに収載した際に発行されたWHOの機関誌には、久里浜医療センターの治療が取り上げられました。2019年とはつい最近の話のようですが、当時でも、インターネットの依存に関する専門治療を行っている機関は世界的に見て少なかったのです。

今でも、患者さんと接する中で有効な治療方法について検証している最中です。まだ久里浜医療センターが治療方法を確立させたとは言えませんが、インターネットの依存という分野に関しては、日本が世界の少し先を行っていると言えるでしょう。

 

インターネットにのめり込む人の大半が ゲームに依存する「ゲーム行動症」

実は、医学的には「インターネット依存」という言葉はなく、明確な定義もありません。インターネットはあくまで手段であり、その手段を使って遊ぶアプリなどに依存しているというのが正解です。

定義が存在しているのはゲームの依存です。英語では「Gaming Disorder」と呼ばれ、「ゲーム行動症」と日本語に翻訳することができます。ゲーム行動症の診断を受ける場合は、以下4つの定義に当てはまることが条件です。

  1. ゲームのコントロールができないこと
  2. ゲームが生活の最優先事項になっていること
  3. ゲームによって問題が起きていること(例:家族的な問題、不登校、人とコミュニケーションが取れない、昼夜逆転、身体の健康問題など)
  4. 3のような問題があるにもかかわらず、ゲームを続ける。あるいはエスカレートさせること

 

これら全てに当てはまる場合に「ゲーム行動症」と診断されます。明確な定義がないインターネットの依存に関しても、基本的には同じ基準で判断しています。というのも、久里浜医療センターを受診する患者さんが100人いたとすると、ゲームに依存している人が90人ほど。圧倒的にゲーム、特にインターネットに繋がっているオンラインゲームに依存している人がメインになります。

「ゲームに依存している」と一言で言っても、動画サイトでゲームの実況動画を見たり、SNSを使ってゲームの仲間とやりとりをしたりと、メインはゲームに依存していても、結局他のアプリも使っている場合がほとんどです。ゲーム、動画、SNSなどを過剰に使用し、その結果、明確な問題が起きている状況を総じて「インターネット依存」と呼んでいます。

ゲームに限っては、圧倒的に男性の依存が多くみられます。外来に来る患者さんは、男性10~15人に対し、女性が1人いるかいないか。年齢は未成年者が大体70%を占めます。中学生や高校生が一番多いですが、最近増えているのが小学生。「スマホネイティブ世代」などと言われますが、やはり依存する対象に早くから触れていると、依存になるリスクが高くなり、過剰使用の割合が増えるのだと言えるでしょう。

 

患者の状態改善には 家族のサポートが欠かせない

外来に来る新患が100人いたとすると、本人が最初の診察に来るのは70人程度。ほとんどの場合ご両親などに連れて来られており、患者本人が自ら「病院に行って治療をしよう」というケースはほぼ皆無です。残りの30人は、ご家族が本人を連れて来ることができず、ご両親だけいらっしゃいます。

ご両親だけが来られて、その後もどうしても本人を連れて来ることができない場合は、ご両親ができることを一緒に考えていきます。久里浜医療センターでは「家族会」という会を実施しており、月に1回、2時間ほどご家族と意見交換をする場を設けています。また、「家族ワークショップ」というものも3ヶ月に1回実施し、1日がかりで本当に困っているご家族の方々に来ていただいて、ゲームやインターネットの依存について理解を深めると共に、家族としてどのように行動すればいいか、参加者全員で一緒に考えていくという場も設けています。

インターネットやゲームに依存している患者にとって、家族は非常に大事な存在です。患者本人は、「このままではいけない」と自覚している一方で、「やっぱりゲームがしたい」「スマホ・ゲームを離したくない」という負のループから抜け出せないままズルズルと過ごしてしまいます。その状況を見て、一番ハラハラしているのは、やはり周りにいる家族です。寄り添ってみても、注意をしてみても、依存から抜け出せない我が子を間近で見て、「どうしていいか分からない」と頭を抱えるご両親も多くいます。患者だけではなく、ご家族の皆さんもほとんどの場合は大変な思いをされているので、インターネット依存の治療を行う際にはご家族に対するケアも非常に大事です。

後編では、インターネット依存について医療従事者が知っておくべきことや、できることについて詳しくうかがいます。

樋口進

久里浜医療センター名誉院長・顧問
WHO物質使用・嗜癖行動研究研修協力センター長
慶應義塾大学医学部客員教授

1954 年生まれ。昭和54年東北大学医学部卒。米国立保健研究所留学、国立久里浜病院臨床研究部長、同病院副院長などを経て現在に至る。専門はアルコール依存やネット依存、ギャンブル依存などの予防・治療・研究。

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