看護師・介護士は日々多くの命と向き合っています。大切な人を亡くしたご遺族の悲しみや喪失感に対して、医療・福祉従事者としてどのように寄り添うべきなのでしょうか? 「悲しみを一人で抱え込んだご遺族を孤立させないことが重要」と話すのは、日本グリーフケア協会会長の宮林幸江氏。ご遺族の立ち直りをサポートする「グリーフ(悲嘆)ケア」の発展に、長年、取り組んでこられました。グリーフケアについて、また、宮林氏が代表を務める「悲嘆回復ワークショップに」ついてお話をうかがいました。
2022/5
看護師・介護士は日々多くの命と向き合っています。大切な人を亡くしたご遺族の悲しみや喪失感に対して、医療・福祉従事者としてどのように寄り添うべきなのでしょうか? 「悲しみを一人で抱え込んだご遺族を孤立させないことが重要」と話すのは、日本グリーフケア協会会長の宮林幸江氏。ご遺族の立ち直りをサポートする「グリーフ(悲嘆)ケア」の発展に、長年、取り組んでこられました。グリーフケアについて、また、宮林氏が代表を務める「悲嘆回復ワークショップに」ついてお話をうかがいました。
グリーフ(Grief)は、日本語で「悲嘆」と訳されます。悲嘆は「悲しみ嘆くこと」を意味しますが、グリーフは本来、大切な人との死別などで大きな喪失を経験した人が、喪失感から来る悲しみと、「頑張って生きていこう」という思いの間で揺れ動いている状態を指す言葉として使われています。グリーフが長引いてしまうと徐々に心身を蝕んでいきます。故人がいない世界に対して、未来への希望を見出せず、人間らしい日常生活が送れない状態になってしまうのです。死別を経験されてなかなか立ち直ることができない方に対し、寄り添い、回復のサポートを行うことを「グリーフケア」と呼びます。
私がグリーフケアについて研究をはじめたのは、1999年に夫を亡くしたことがきっかけでした。とてもつらく悲しい思いの中、生きる希望を持てずにいました。まさにグリーフから抜け出せない状態で、「生きている意味ってなんだろう」「家族とは」という思いにとらわれてばかりいました。
そのとき初めて「グリーフケア」の重要性に気付きました。私は、大学時代から継続して看護学を専門としていたので、グリーフケアの意味を理解していました。しかし、自分が遺族の立場になってようやく、グリーフケアがどれほどご遺族にとって必要なケアだったのか痛感したのです。そして、同じような状態に陥って苦しんでいる人がいれば手を差しのべたいと考えました。
私と同じように苦しんでいる人のために、私が2001年にグリーフケアの研究を開始しました。しかし、当初、日本ではあまりグリーフケアの研究が進んでおらず、論文もわずかしか発表されていませんでした。自国で未開拓の分野であるからには、先進国の活動内容を知る必要があると考え、海外の資料や論文を渉猟。その後、調べた内容が実際に海外で実施されているのか、また、どのように実施されているのか確認するため、2001年から2004年まで、グリーフケアが進んでいるアメリカとイギリスへ行き、グリーフケア研修を受講しました。
まずはアメリカへ行きました。アメリカでは泊りがけのキャンプや、買い物帰りに気軽に参加できるようなお話し会が定期的に開催されていました。ファシリテーターや他の参加者の話を聴き、自分の経験も吐き出す場を設けることで、早期の回復を促すのです。また、医師が遷延性悲嘆(通常よりも長引いている悲嘆)を病気として診断・治療するためのマニュアルも確立されていました。
次に訪れたイギリスでは、家庭医などがご遺族の様子を伺い、ケアが必要だと判断した場合はクルーズ(Cruse Bereavement Care)というグリーフケア専門の団体を紹介する制度がととのっていました。さらに、グリーフケアのプログラムをシステム化して、ケアを受ける人はもちろん、グリーフケアのサポーターになりたいという人のための体系的な教育プログラムを設けていました。
海外の、グリーフケアが行われている現場を自分の目で見ることで、日本でなにをすべきか学ぶことができました。第一に、グリーフケアを行うための場を設けること。そして第二に、海外のようにご遺族を支えるための担い手の育成ができるような体系的なシステムを構築することが必要だと感じました。
そうして、海外のワークショップやサポーター育成のプログラムなどを参考に、日本向けのプログラムとして「悲嘆回復ワークショップ」を2001年に、「グリーフケアアドバイザー認定講座」を2008年にスタートさせたのです。
悲嘆回復ワークショップは故人や自分とゆっくり向き合うことをメインとしたワークショップです。ワークショップのプログラムは、だいたい5~10人前後の参加者に対し、グリーフケアアドバイザーの資格を持った2~3人のファシリテーターが仕切り役となって進めていきます。
まずはミニ講義で、グリーフの反応の「正常」とはどのようかということをお伝えします。「毎日涙が出てくる」「外出できない」「夜眠れない」といった、グリーフを表現する反応が表れたときに、自分の状態は誰にも理解できない「異常なもの」だと思い込んでしまう人も少なからずいます。そうすると他人に相談しにくくなり、より一層孤独感が増してしまう。しかし、大切な人を亡くしている人に悲嘆が表れるのは普通の反応であることを理解してもらいます。
講義のあとは「Memories」というワークブックをお配りします。このワークブックには、ページごとにプログラムが用意されており、「故人に関してどんなことを覚えていますか」「今ご自身にどんなことが起きていますか」といった問いが記されています。
参加者には、問いに対する答えをワークブックに記入してもらったり、ファシリテーターや他の参加者と話したりしながら、ご自身の状態や考えていることを俯瞰するというワークを行ってもらいます。
心の中に溜まっていたものを一つひとつ整理したり、参加者の気持ちや体、行動にどのような変化が起きていて、どんなところが危ない状態なのかを把握したりすることができます。そうした状態に対して、どのようなアプローチで解決していくのかを、参加者はファシリテーターと一緒に考えていくのです。
ワークショップに参加し、順調に回復された方の多くは、私が研究を始めた時と同じように「自分と同じように苦しんでいる方に手を差しのべたい」「ケアを受ける側から、する側にまわりたい」と言ってくれます。そんな方のために、「グリーフケアサポーター認定講座」という教育プログラムを設けています。
死別を経験された方、ワークショップに参加された方はもちろん、グリーフケアについて知りたいと思った方はどなたでも受講することが可能です。死別を経験して苦しんでいる方に少しでも情報が届きやすくなるよう、多くの方がグリーフケアを知って、学んで、広めてくださることを願っています。
後編では、医療従事者が遺族のためにできることや、グリーフケアアドバイザー認定講座などについて詳しくうかがいます。
東北福祉大学保健看護学科教授
日本グリーフケア協会会長
悲嘆回復ワークショップ代表
【職歴】
東京医科歯科大学大学院修了(博士)
福島県立医科大学講師、
茨城県立医療大学助教授、
宮城大学教授、
自治医科大学教授を経て現職
日本グリーフケア協会会長、悲嘆回復ワーク ショップ代表
2001‐2004年に米国および英国にてグリーフケア研修を受講。2001年より悲嘆ケア用のワークシート集を考案し、グリーフケア「悲嘆回復ワークショップ」を開始
SNSでシェアする