これからの医療提供のあり方の方向性を描くために設置された「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」。有識者による活発な意見交換が行われ、2017年4月に閉会を迎えました。構成員の一人である熊谷雅美さんに、検討会での内容をふまえながら、これからの「看護師の働き方」についてお聞きしました。
2017/7
これからの医療提供のあり方の方向性を描くために設置された「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」。有識者による活発な意見交換が行われ、2017年4月に閉会を迎えました。構成員の一人である熊谷雅美さんに、検討会での内容をふまえながら、これからの「看護師の働き方」についてお聞きしました。
厚生労働省医政局による「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」は、2016年10月よりスタートし、全15回の会議を経て、2017年4月6日に報告書が提出されました。私は看護職の代表として参加し、日本の医療を取り巻く環境をふまえた新たな医療のあり方について、意見を述べさせていただきました。
検討会の立ち上げの背景には、「少子高齢社会の進展」という大きな課題があります。日本の財政はすでに危機的な状況にあります。そして今、「2035年問題」に向き合い、その中の一つである労働力人口の減少という問題についても考える必要性が高まってきました。このことは、医療を提供する側、つまり医療従事者の人口も減ることを指しています。そのような状況下で、医療の質を下げることなく、今よりももっと高度で専門的なサービスを提供していけるのか。私個人の思いとしては、日本が始まって以来の重大な問題を突きつけられていると実感しています。検討会の報告書には次のようにあります。「新たな時代をできる限り見通し、目指すべき方向性を輪郭づけた上で、今後の医療提供及び医療従事者の在り方について、前向きで建設的な道筋を描き出す必要がある」。そして、特に注目していただきたいのが、報告書の1ページ目にある〝新たな働き方ビジョン〞についてです。
医療を提供する側が疲弊することなく、医療従事者の持つべき本来のプロフェッショナリズムを守り、高め、住民・患者と協働しながら、こうした環境の変化に滑らかに対応していくためのビジョンが必要となっている。
※一部抜粋
2035年に向けて、具体的にどのような医療・看護が必要になるのか。これを別の角度から考えると「どんな働き方をすべきか」ということになります。そこで検討会では、二つの視点から話し合いが始まりました。
一つは、看護師の勤務時間です。
看護師の労働条件は、ほかの職種と同様に労働基準法で定められており、また、対象病院では入院基本料の要件の一つでもある、月平均夜勤時間「72時間ルール」が適応されています。見守られているように思いますが、72時間ルールは一部の領域の看護師のみが対象であり、突然夜勤が入ったとしても対応せねばならず、ある意味自由裁量な面もあります。実は、働き方のルールがほとんど決まっていないととらえることができます。
今回、検討会の構成員になっていろいろと調べてわかったのですが、交代勤務や夜勤を前提としたほかの職業、例えば、長距離バスの運転手やパイロットなどは、勤務時間の規制や、勤務と勤務の間のインターバルの規定などがしっかり定められていることがわかりました。ほかの職種を知れば知るほど「看護師の労働については、なぜ、法的な整備が十分になされていないのだろう……」と強く感じましたね。人の命を預かる職業であるからこそ、安全に職務を遂行する責任があります。きちんとしたエビデンスを示したうえで交代制勤務の法的な仕組みを、今後は考えていかなければならないと思いました。
そのうえで二つ目の視点として重要だと意見されたのが、管理者のマネジメント能力の向上です。先ほど、看護師の働き方は「ある意味自由裁量」とお話ししましたが、これは管理者の考え方一つで労働環境が変わることを意味します。ですから、看護師が働きやすい環境をととのえるためには、その鍵を握る管理者のマネージャー教育も欠かせないということも話し合われました。
こうした前提がある中で、具体的にどのようなアクションを起こしていけばよいのでしょうか。検討会の中ではさまざまな具体策が示されましたが、ここでは「タスク・シェアリング(業務の共同化)」と「タスク・シフティング(業務の移管)」という二つのポイントを取り上げたいと思います。
今、日本で目指そうとしているのは、患者さんが地域で安心して暮らせるように、充実した医療・介護サービスが提供される社会です。そこで参考にしたいのが海外の看護師の働き方です。
例えばアメリカでは、ナース・プラクティショナー(NP)と呼ばれる診療看護師が活躍していますよね。トリアージ、アセスメント、そして必要に応じた診断と治療が認められ、薬の処方も行える看護師です。イギリスには、家庭医であるジェネラル・プラクティショナー(GP)が、患者さんの生活に寄り添いながら治療やケアを行っています。患者さんの生活を知り、生活の中で必要と思われる指導をしながらケアも施せる。ここに、日本が目指そうとしている医療のあり方と、どの職種が、どのように働けばよいのかというビジョンを示す糸口があるのではないかと思うのです。
そこで検討会で意見されたことが、タスク・シェアリング、タスク・シフティング。看護師の場合、医師の指示のもと、一定の医行為を行うことが認められており、「特定行為に係る看護師の研修制度」によって、可能な医行為の範囲も明確化されています。その他、胸腔穿刺、中心静脈カテーテル留置などの医行為を行っている看護師もいます。ただ私としては、海外の例にもあるように、タスク・シェアリングを広めて、看護師が担える医行為をもっともっと拡充していくべきだと考えます。必要な医療と看護がもっと身近でなければならない。そうでなければ、患者さんがご自宅で安心して暮らすことなんてできないんじゃないかとさえ思うのです。
それから、患者さんが地域で生き抜くためには、医療・看護だけでは不十分です。地域の人々は、社会の中で生きていますから、医師や看護師だけでなく、ソーシャルワーカー、介護福祉士などの知識と能力も欠かせません。異なる立場にある多職種がそれぞれの基盤で動くのではなく、ある程度の共通基盤をシェアしたうえで、各職種のアイデンティティーを積み上げていく。これからの社会にはそういった働き方も必要なのではないかと思います。
後編はこちら
恩賜財団 済生会横浜市東部病院
日本看護協会 常任理事
済生会横浜市東部病院 顧問(前 副院長兼看護部長)
【略歴】
済生会神奈川県病院での臨床経験後、看護基礎教育や衛生行政などを経験。2003年済生会神奈川県病院看護部長。2006年済生会横浜市東部病院看護部長。2007年同院副院長兼看護部長。
2003年横浜国立大学大学院教育研究科学校教育臨床修了(教育学修士)、2013年東京医療保健大学大学院医療保健学研究科修了(看護マネジメント学修士) 2013年認定看護管理者
2009年~厚生労働省 新人看護職員研修に関する検討会委員
2010年~厚生労働省 医道審議会委員
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