インタビューアーカイブ

2018/12

心不全パンデミックの到来に備え心不全緩和ケアの実現を目指す

2017年に改訂された、「急性・慢性心不全診療ガイドライン」(日本循環器学会)には、心不全患者への緩和ケアの必要性が明記され、2018年度の診療報酬改定では、末期心不全患者の緩和ケアが診療加算に追加されました。昨今、高齢化がさらに加速する2025年に向け、心不全への関心が高まっています。今回は、心不全患者の増加によって予測される医療機関の混乱に対応していくべく、2016年に「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を立ち上げた、飯塚病院緩和ケア科の柏木秀行氏を取材。なぜ世間的に注目を集める前から、心不全患者への緩和ケアに目をつけ、行動を起こしたのか。プロジェクト立ち上げの背景をお聞きしました。

柏木 秀行

飯塚病院緩和ケア科 部長 / 九州心不全緩和ケア深論プロジェクト 共同代表

2025年度の推定心不全患者数125万人!
「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を発足

現在、日本の慢性心不全患者数は100万人規模と推定されます。(日本循環器学会 循環器疾患診療実態調査JROAD2016年報告書より)今後、高齢化がさらに加速し、団塊世代が75歳以上に達する2025年には、患者数は125万人を超えるという予測もあり、「心不全パンデミック」の到来が危惧されています。心不全パンデミックが起これば、急性憎悪によって再入院を繰り返すという心不全の特徴により、医療提供側の負担が増加することは明白です。

こうした状況に立ち向かうべく、私は、久留米大学 心臓・血管内科の柴田先生と共に「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を立ち上げました。これは、九州大学 循環器病未来医療研究センターの岸先生にもご協力いただきながら、循環器、緩和ケア、総合診療、家庭医療、コメディカルなどの専門家や、メディカルスタッフが垣根を越えて、「地域包括的心不全緩和ケア」の実現を目指し、5ヵ年計画で遂行しているプロジェクトです。

プロジェクトの主な目的は、心不全緩和ケアの啓発と他職種同士の交流の場をつくること。具体的には、九州のカンファレンスに有名な循環器の緩和ケアの先生をお招きして講演をしていただいたり、「HEPT」という日本初の心不全に特化した基本的緩和ケアのトレーニングコースをメンバーで作り、東京など各地で開催しています(2018年12月16日は東北大学病院で開催)。おかげさまで、開催を重ねるごとに、医師・看護師をはじめとした希望参加者も増えてきており、心不全緩和ケアへの注目が高まっていることを感じています。

 

プロジェクトの前身となった
在宅緩和ケアの地域医療連携システム

プロジェクト立ち上げの大きなきっかけにもなったのが、地域医療機関と連携して作った在宅緩和ケアの仕組みでした。

緩和ケア医として、がん患者さんや非がん患者さんに、必要な医療・介護・住まいといった生活支援を提供するため、私たちのスキルを高めていくにはどうしたらよいか。こうして思いついたのが「訪問診療を生かした在宅緩和ケア」だったのです。

飯塚病院と提携している医療機関に、松口循環器科・内科医院と頴田病院があり、どちらの病院も訪問診療を行っています。松口循環器科・内科医院を開業した先生は、飯塚病院の総合診療科の部長を務めた方で、循環器の先生でもありました。一方頴田病院は、飯塚病院と同系列の病院で、家庭医(新専門医制度における総合診療医)の研修施設としても利用されています。

この二つの病院に交渉し、飯塚病院と連携した訪問診療の仕組みを作りました。例えば、飯塚病院で診察した患者さんが在宅医療を望めば、二つの病院と連携しながら、私たちは在宅緩和ケアを行うという流れです。

まずは私自身がこの仕組みをがん患者さんで実践したところ、とても高評価をいただくことができました。さらに、在宅での緩和ケアは、医師や看護師の緩和ケアのトレーニングとしても、とてもよい場となることを再確認。緩和ケア科の研修フィールドにも使っています。また、地域と医療機関のつながりもより強固なものにしていけるのではないかと感じました。

 

慢性期の医療が求められる時代
緩和ケアのフィールドは非がん患者さんへ

地域医療連携の仕組みを実践し、それがうまく回ったことで、もっと緩和ケアのフィールドを広げていくべきだと感じました。もともと、がん患者さんだけでなく非がん患者さんにも緩和ケアをしっかりと行っていきたいという気持ちが根底にあったのです。

そもそも、緩和ケアの提供体制は、がん患者さんを中心としたものから変化していかなければいけない時代に差しかかっていると感じます。高齢化が進めば、慢性心不全のように治癒が困難な病気を伴いながら生きる人が必ず増えていきます。これからは、そうした患者さんを、どのようにして「支え」、病気の症状を「和らげ」、そして「看取る」ところまで寄り添うのか。こうした医療ニーズが、今後ますます求められるようになるのではないかと考えました。

時代とともに変化する医療ニーズに目を向けながら、何から始めるべきかと調べていくなかで、死亡原因の第二位が心疾患であること(一位はがん)、さらに心疾患の中でも心不全の死亡者数の割合が高いことから、「活動を起こすなら心不全だ」と直感的に思いました。

さらに重要な点は、「誰が緩和ケアを実践していくか」という視点で考えたとき、医師に関してはがん診療に携わる人が大半だということです。これは裏を返すと、がん診療に携わっていない医師が緩和ケアに携われば、より多くの患者に緩和ケアが届くということになります。また、これまで循環器の医師の中で、緩和ケアを意識して実践している方は、決して多くなかったという視点からも、心不全患者さんへの緩和ケアが生む価値は大きなものになると確信し、プロジェクトの立ち上げを決意しました。

後編では、「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」の特徴や、今後のプロジェクトの展望をお伝えします。

柏木 秀行

飯塚病院緩和ケア科部長
「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」共同代表
地域包括ケア推進本部副本部長・筑豊地区介護予防支援センター長

1981年生まれ。2007年筑波大医学専門学群を卒後、飯塚病院にて初期研修修了。同院総合診療科を経て、現在は緩和ケア科部長として研修医教育、診療、部門の運営に携わる。グロービス経営大学院修了。
2016年、九州大学 循環器病未来医療研究センターの岸氏を顧問に、久留米大学病院 心臓・血管内科の柴田氏と共に「九州心不全緩和ケア深論プロジェクト」を立ち上げた。心不全緩和ケアの実現を目指し、九州を中心に、全国へ活動の場を広げている。

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