インタビューアーカイブ

2019/6

法律までも動かした“絶好の機”を追い風に看護職の働き方改革を推進

平成31年4月1日から、働き方改革関連法が順次施行され、日本の労働環境に変化の波が訪れようとしています。日本看護協会常任理事の熊谷氏を筆頭に、看護協会では精力的に看護職の労働環境の改善に取り組んできました。今回の働き方改革関連法の施行は、まさに看護職の労働環境を変える“機”だったと語る熊谷氏に、「看護職の働き方改革」のために尽力してきた日本看護協会の歩みと、そこから見えてきた課題についてお聞きしました。

熊谷 雅美

日本看護協会 常任理事

「働き方改革関連法」が看護職の労働環境整備の突破口に

「看護職の労働環境を変えるには、法律を変えなければならない」。

二年前、私が本会の理事に就任し看護労働に携わるようになったとき、真っ先に感じたことです。当時、私たちがまず目をつけた大きな課題は、「看護職の高齢化」でした。厚生労働省の「平成28年衛生行政報告例」によると、看護職の平均年齢は43.1歳。年齢分布は、35歳から49歳が約4割を占める結果でした。さらに、同報告によれば、11人に1人がプラチナナース(60歳以上看護職)であることもわかったのです。

もう一つ課題としてあがったのは、夜勤者の確保が困難になっていること。理由を調べてみると、そもそも「夜勤をしたくない」と考えている方が多いという現状がありました。その理由を掘り下げてみると、休息の時間をほとんど取らないまま、日勤から深夜勤に就くシフト編成や時間外業務など、看護職の過酷な労働環境の実態が明らかとなったのです。

「誰もが、いくつになっても、安心して働き続けられる労働環境にするにはどうしたらよいのだろう」。議論を重ね、至った結論は「法律を変えること」でした。しかし、法律を変えるといっても、どこからどのように着手していくか。頭を悩ませていたときに舞い込んだのが、今回の「働き方改革関連法」だったのです。

 

つかんだ“機”を逃すことなく労働に関する法律をも変えていく

私たちは、「働き方改革関連法」が、看護職の働き方を大きく変える“機”であると確信しました。この機を逃すまいと思い、労働に関する法律に看護職に関する項目の追記してもらえるよう試みたのです。まず私たちが取り組んだのは、「過労死等防止対策推進法」でした。本会労働政策部が尽力し、この大綱に『看護師等の夜勤対応を行う医療従事者の負担軽減のため、勤務間インターバルの確保などの配慮が図られるように検討を進めていく』(「過労死などの防止のための対策に関する大綱」~過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ~(厚生労働省))、という一文を入れていただくことができました。

次に取り組んだのは、労働基準法の改正です。労働基準法は一業種一業態の内容を入れ込むことはできないため、「看護職」に特化した記載はできません。しかし、「夜勤交代制」という明記ならば可能なのではないかと考えました。そして、「労働時間等見直しガイドライン」(労働時間等設定改善指針)に、『深夜業(交替制勤務による夜勤を含む。以下同じ)は、通常の労働時間と異なる特別な労働であり、労働者の健康の保持や仕事と生活の調和を図るためには、これを抑制することが望ましいことから、深夜業の回数を制限することを検討すること』という内容を盛り込んでいただきました。

今思えば、私たちがこの二年の中で、幾度となく訪れたさまざまな機を見落とすことなく、活動してきたことが今に通じているのだと感じています。法律に、看護職の働き方に通ずる内容を追記できたことは、必ずや、これから本格的に進む、看護職の働き方改革の大きな追い風となるはずです。

 

現場の働き方を変えるには “今”を知ることが重要である

さて、実際に法律が施行されてから約2カ月。病院や施設では、法律を順守するための具体策について悩んでいる方も多いのではないでしょうか。もちろん、法律を取り入れることは必須ですが、まずは、働き方を考えるこの機会を生かして、自分の病院、施設の「課題」を可視化することから始めてみてください。

今回は、本会が平成22年~29年の間に行った「看護職のワーク・ライフ・バランスインデックス調査(以下、インデックス調査)」から見えてきた、看護職の働き方に関する4つの課題と対応策についてお伝えいたします。本会のインデックス調査は、【施設調査】と【職員調査】の2種類を組み合わせてデータを収集することで、働く側のワーク・ライフ・バランスの現状も把握することができます。今回ご紹介する調査の視点を、課題を探る参考にしてみてください。

まず、1つ目の課題は、「超過勤務の多さ」です。いずれの年度においても、「5時間未満」が 47.2%~54.8%と最も多く、次いで「5~10 時間未満」が続きました。さらに、職員調査とクロス集計をすることで、どのような立場のスタッフに残業が集中しているのかを可視化することができます。若い人に集中しているのか、もしくは師長やリーダーなどの中堅層に集中しているのかで、より、それぞれの病院や施設にあった対応策を考えることができるはずです。
例えば、超過勤務時間の削減に成功したある施設では、「時間外労働削減に向けた風土の醸成」を行っていました。その施設では、いわゆるお付き合い残業というような、「先輩が帰らないと帰れない」風土があったそうです。そこで、師長や主任が積極的に声をかけあったり、ノー残業デーを用いるなどして「確実に定時で帰れる日」を作り、時間外労働時間の軽減に成功しています。

2つ目は、働き方改革関連法にも関係していますが、「有給休暇の取得のしづらさ」があります。正規看護職員の有給休暇取得率をみると、平成25年度以降、「40~60%未満」が 32.4%~37.4%と最も多く、次いで「60~80%未満」も増加傾向にあります。データを見ると、決して有休が取れていないわけではありません。しかし、この調査で浮き彫りとなったのは、連休などのまとまった休暇の申請のしづらさや、好きなときに有休が取れない、という悩みでした。
有休取得状況を調査するとき、ぜひ確認していただきたいのが【職員調査】とのクロス集計です。すると、例えば、有休取得がある特定の年齢層に集中していたり、既婚者に集中していたりと、有休が取得できている層と、いない層が色濃く確認できるはずです。こうした状況に合わせた対策が、有休取得率の向上に効果をもたらします。

 

増加する夜勤負担や足りぬ看護ケアの時間 ガイドラインの使用や多職種との連携で対策を

3つ目は「夜勤負担の大きさ」です。平成29年度のインデックス調査によると、「看護職員(正規職員)のうち、夜勤をしていない職員の比率」は、19.2%。つまり5人に一人は夜勤をしていないということになります。このように夜勤の人材不足によって、一部のスタッフに夜勤が集中してしまっているという現状が負担の増加につながっていると考えられます。また、医療の高度化によって常時ケアを必要とする重症患者や、高齢化によって認知症や見守りが必要な患者さんも増えてきました。

▲日本看護協会が発行している『夜勤・交代制勤務に関するガイドライン』

この課題への対策の一つが、「仮眠・休憩時間確保、仮眠室の環境整備」です。本会でも、『夜勤・交代制勤務に関するガイドライン』を出していますが、実際にこのガイドラインにそって、夜勤時の環境整備に取り組んでいる施設は働き方や生活への満足度、就業継続意欲が高かったという成果が出ています。夜勤負担の軽減のために、本会の『夜勤・交代制勤務に関するガイドライン』を参考にしながら、仮眠時間を確保できるようにシフトを工夫したり、夜勤中の食生活や睡眠を気にかけてみてはいかがでしょうか。

4つ目は、「看護ケアに十分な時間が確保できない」ということです。今回の調査では、患者さんの話を聞いたりするベッドケアの時間よりも、書類を書いたり、あちこち走り回ったりしていることが多く、看護をしている実感がないという意見が多く集まりました。
この対策として「他職種との協働・連携」があげられます。調査の中で「看護ケアに十分な時間が取れている」という設問に肯定的だった施設の中には、まず業務量を可視化し、他職種とともに、業務分担の見直しを行なったところもありました。有休の取得や残業を協働し、お互いの仕事に専念できるような取り組みをすることで、結果的に他職種同士のコミュニケーションの活発化にもつながり、仕事もしやすくなったという相乗効果も表れているそうです。

働き方改革を進めるには、まず、自分たちの病院や施設の課題をしっかりと見直すことがとても重要です。それが、本当に必要な労働環境や業務改善につながるはず。ぜひ、ご自分の病院や施設で調査を行うときの参考にしてみてください。


後編では、実際に働き方改革関連法の施行に伴い、本会に集まった皆さんからの疑問にお答えします。また、「看護職の働き方改革」を推進していくための、日本看護協会の今後の取り組みについてもお伝えいたします。

熊谷 雅美

日本看護協会 常任理事

【略歴】
済生会神奈川県病院での臨床経験後、看護基礎教育や衛生行政などを経験。
2003年
済生会神奈川県病院看護部長。
2006年
済生会横浜市東部病院看護部長。
2007年
同院副院長兼看護部長。
2003年
横浜国立大学大学院教育研究科学校教育臨床修了(教育学修士)、
2013年
東京医療保健大学大学院医療保健学研究科修了(看護マネジメント学修士) 
2013年
認定看護管理者

2009年~
厚生労働省 新人看護職員研修に関する検討会委員
2010年~
厚生労働省 医道審議会委員
2016年~
厚生労働省 新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会構成員

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