外国人患者さんの受け入れ体制整備の第一歩
「勉強会」で院内ネットワークの構築を
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日本で外国人が身近になってきた今、医療従事者の外国人診療への意識が高まり、受け入れ体制の整備に取り組もうとする医療機関は増えています。外国人患者さんの受け入れ体制を整えるうえで最初に何から始めればよいのか、迷うことも多いのではないでしょうか。
私が最初に行うこととしておすすめしたいのが、まずは院内で勉強会を開催し、外国人患者さんの診療で、すでに困難を感じている人や関心のある人に集まってもらうことです。外国人患者さんの対応には院内での多職種連携が重要になってくるので、勉強会を通して医師や事務職員などいろいろな職種の人たちと顔見知りになっておくといいですね。
「勉強会を行う」と言うと大変そうに聞こえるかもしれませんが、やってみると意外と楽しいものです。どんどん勉強会を実施して仲間を増やし、院内のネットワークを構築していきましょう。そのネットワークをもとにワーキンググループを立ち上げて、ゆくゆくは専門部署をつくるという流れで進めるのがいいと思います。
大切なのは、各診療科や医事課などそれぞれが得意なことを生かして、外国人患者さんが円滑に受診できるようにすること。そのうえでいろいろな部署と連携を取りながら、外国人患者さんに安心して医療を提供できる環境を整備していきましょう。
院内に相談できる仲間をつくることは仕事をするうえで大きな助けになります。以前、難民の方の診察に立ち会ったとき、「母国で拷問を受けた」話を聞き、そのとき負った傷を見たのですが、それを聞いて通訳するのがつらくなったことがありました。医療コーディネーターは日本では想像もつかないような心苦しい話を聞くこともあります。そんなときは個人情報の取り扱いには注意して、一緒に働く仲間につらい気持ちを話せると少し心が楽になるかもしれません。一人で抱え込まないためにも、気軽に話せるようなネットワークをつくっておくことが大切ですね。
外国人患者さんの対応は「地域」が鍵
院外の医療・福祉機関との密に連携してほしい
体制を整備する中で、地域の人たちを巻き込むことも重要です。というのも、医療は一つの病院で完結するものではないからです。急性期病院を退院した後は自宅近くのクリニックに通ったり、リハビリ病院に転院したり、出産後であれば保健所の保健師さんが産後ケアのサポートをしたり。医療の地域連携を行っていく必要があるので、勉強会を行うことが決まったら、院内だけでなく、ぜひ地域で活動する方々にも参加してもらうようにしましょう。
例えば那覇市では那覇市立病院が、横浜市中区では保健師さんが、課題共有やネットワーキングをしようと各方面に呼びかけて勉強会を行い、そのお手伝いをしました。そんなふうに一つの病院で頑張るのではなく、いろんなところに声をかけて一緒に取り組んでいくこと。そして先進的に取り組んでいる医療機関のノウハウをうまく取り入れていけばよいと思います。
もう一つ、体制整備を行ううえで大事なのは、地域に暮らす外国人の現状をしっかりと把握しておくこと。日本で暮らす外国人は増えていますが、地域によって住んでいる外国人の国籍や話す言葉に違いが見られます。市区町村が発表している国籍別住民数のデータを見ると、地域にどんな言葉を話す人たちが暮らしているのかがわかります。また、病院を訪れた外国人患者さんの国籍をカルテに登録できるようにすれば、どれくらい外国人患者が来院しているのかを把握できます。こうしたデータを取っておけば、医療通訳の導入を検討したり、外国人対応をするスタッフを雇用するときの大きな後押しになるでしょう。
日本における外国人診療こそ、最も身近な国際看護
国外だけではなく国内にも目を向ける教育体制を
私自身、当院で蓄積されてきたノウハウを研修などを通してどんどんお伝えていきたいと思っています。ノウハウを伝えることで、外国人患者さんの対応ができる人を増やし、結果として助けられる外国人患者さんを増やしたいのです。できれば学生のうちから外国人対応の知識を身につけてもらいたい。スイスやカナダでは多様な文化や言語に配慮して医療を提供するための「多文化対応能力」を医学部の必修科目にしていますが、日本はまだまだ遅れをとっています。
看護大学では国際看護という授業が必須になっていますが、授業の内容は海外での看護が中心。日本はすでに、多文化共生社会です。もっと自分たちの身近に多くの外国人がいることを知ってほしいと思っています。私も大学で看護学生に向けて国際看護の授業を行っていますが、どのようなことに気をつけて対応すればトラブルを防げるかという実践的なことを教えたり、留学生に患者さん役になってもらって「外国人患者さんの血圧測定」を実際にやってみたりと、外国人患者さんを身近に感じられるよう、授業の内容を工夫しています。遠い外国の話になると興味が持てない学生さんも多いのですが、日本における外国人患者さんへの対応こそが一番身近な国際看護だと思うんです。どうすれば外国人患者さんが安心して医療を受けることができるのかを学ぶことも、国際看護の一つです。
また、最近は医療従事者向けの教育コンテンツの開発にも力を入れていて、事例をもとに参加者みんなで対応を考えるといった、外国人患者さん対応のシミュレーションワークショップも各地で行っています。今後は医療通訳を養成するための研修も行っていく予定です。
外国人診療において看護経験は大きな強み
看護師こそ体制整備強化を先導してほしい
世界にはさまざまな文化や宗教があり、そのすべてを網羅したマニュアルを作ることはできません。そのため当院では、治療を行う前に「治療を行ううえで配慮が必要なこと」を患者さん本人に聞くようにしています。同じ国出身、同じ宗教と言っても、ライフスタイルや信条は一人ひとり異なります。文化や宗教に配慮した対応をすることは手間がかかるかもしれませんが、対応する職員のトラブルや訴訟を防ぐためには必要な対応でもあるのです。
昨今、国内には海外出身の介護労働者が増えています。この先、海外出身の人たちと一緒に働く機会も増えると思われますが、文化や宗教の違いがその人の根底にあることを知っておくことは、看護師、にとってプラスになるはずです。
現在、医療コーディネーターが在籍する医療機関は少なく、都内でもまだ数えるほどしかありません。例えばオーストラリアでは、国や県の予算で医療機関で医療通訳サービスを導入していますが、日本では病院が自前で導入しているところがほとんど。言葉が通じなくて困った経験がある看護師が、体制整備の強化に向けて声をあげてほしいと思います。
今後日本に滞在する外国ルーツの人々が増えれば増えるほど、看護師が外国人に関わるケースは多くなり、いずれ外国人患者さんに看護ケアを提供するということは当たり前のことになっていくでしょう。宗教や文化の違いに配慮し、当たり前の看護を提供するために、医療コーディネーターは大きな役割を果たします。
医療コーディネーターになるために必要な資格や基準はありません。看護師でなくてもこの仕事はできますが、救急科の医師に「医療コーディネーターには看護師が向いている」と言われたことがあります。つまり、患者さんの病状の経過がわかったり、予後や必要なサポートを予測して行動できることが看護師である強みになるのです。私自身、外国人患者さん向けの医療コーディネーターとして働き始めた頃は、日本でまったくロールモデルがいなかったので手探りの状態でしたが、看護師の経験や知識が大きな助けになり、看護師をやっていてよかったと常々感じていました。
医療コーディネーターの存在が医療現場にもっと広がるためにも、国際的な視野を持った看護師のキャリアの一つとして、医療コーディネーターを選んでもらえるようになることを期待しています。
外国人診療のポイントがより詳細に!
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2020年1月20日に、二見氏の新書『ER 外国人診療ポケットマニュアル』が発売となりました!
本書では、外国人患者受け入れを先進的に行っている東京医科歯科大学医学部附属病院の受け入れ体制や、各専門家のノウハウをご紹介しながら、受付での対応、コミュニケーション、感染症への対応、救外来診療、緊急帰国搬送、薬を処方するときに知っておきたいことなどを、外国人患者への対応ノウハウについて具体的に解説しています。外国人対応でお悩みの看護師・介護士さんにぜひ読んでいただきたい一冊です!
監修:大友康裕
編集:二見 茜、森下幸治
出版:(株)ぱーそん書房