昨今、世界中の医療現場で取り組まれている「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」をご存知でしょうか。「賢明な選択」を意味するこのキャンペーンは、不必要な検査や投薬などの過剰医療を見直し、科学的な裏付けのある医療行為を推奨する活動です。医療における「賢明な選択」とは何か。そして、どのような医療行為を推奨すべきか。日本での活動を推進する「チュージング・ワイズリー・ジャパン」副代表の徳田安春氏に、お話をうかがいました。
2020/6
昨今、世界中の医療現場で取り組まれている「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」をご存知でしょうか。「賢明な選択」を意味するこのキャンペーンは、不必要な検査や投薬などの過剰医療を見直し、科学的な裏付けのある医療行為を推奨する活動です。医療における「賢明な選択」とは何か。そして、どのような医療行為を推奨すべきか。日本での活動を推進する「チュージング・ワイズリー・ジャパン」副代表の徳田安春氏に、お話をうかがいました。
風邪をひいた患者さんに、抗生物質を処方する。軽い腰痛を訴える患者さんに、CT検査を実施する──。これらの医療行為、実は「無駄な医療」「過剰医療」として問題視されていることをご存知ですか? このように、科学的根拠に基づかない医療、時に患者さんに不利益をもたらす可能性がある医療を見直す取り組みが「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」=「賢明な選択」です。医師と患者さんとの対話を促進し、医療の質を高めることを目的とした国際的なキャンペーンとして、今大きな注目を集めています。
活動の発端は、2002年のこと。欧米3学会が合同で「新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム:医師憲章」という文書を作成し、プロフェッショナリズムの原点に立ち戻り、医療を見直すべきではないかと広く呼びかけました。その後、テキサス大学教授のハワード・ブロディ氏が、各専門領域に対し、控えるべき5つの医療行為を「5リスト」として、発表してもらうように提案。このふたつの流れを受け、2012年に米国内科専門医機構財団(ABIM)が提唱したのが「チュージング・ワイズリー」です。
以降、この活動は世界的な広がりを見せ、今ではイギリス、イタリア、オーストラリアなど20ヵ国以上が賛同しています。その中心となるアメリカでは、2017年の時点で76の学会がこのキャンペーンに参加しており、各専門学会がそれぞれの診療領域について挙げた「5リスト」は450項目以上にのぼります。昨今、この活動に注力しているカナダでは政府も活動を支援し、今では数百もの学会が「5リスト」を公表しています。
私は開業医の先生方から紹介を受け、さまざまな患者さんを診る総合診療医です。毎日のように検診や人間ドック、脳ドックなどで何らかの指摘を受けた方々が、私の元に押し寄せてきます。約30年前から、「なぜこんな検査をしたのだろう」と疑問に思うケースも多く、過剰な検査や医療行為が医療費の増大、病院のキャパシティの圧迫を招いていると感じていました。そんな中、「チュージング・ワイズリー」の活動を知り、「これだ!」と思ったのです。
そこで2013年に「ジェネラリスト教育コンソーシアム」という勉強会を開催し、日本独自の「5リスト」を策定。そして2016年、医師、薬剤師、医学生、一般企業で働く方など、さまざまな立場の12人を発起人として発足したのが「チュージング・ワイズリー・ジャパン」です。我々が掲げた「5リスト」は以下の通りです。
このうち、1、2の項目を挙げているのは日本独自ではないでしょうか。そもそも諸外国では、PET-CT検査や腫瘍マーカー検査を含むがん検診を行っていません。もし効果があるなら、他国でも実施しているはずです。その点からも、こうした検査は科学的な根拠が実証されていないことがわかるでしょう。
我々「チュージング・ワイズリー・ジャパン」では、こうした「5リスト」を国内の各臨床系学会に発表していただくよう求めています。とはいえ、あくまでも強制力のない、自発的な取り組みですから、依然としてほとんどの学会から発表されていないのが現状です。また、現在この活動に加わっているのは、医学生・研修医の団体をはじめとする若手医療従事者が大半です。若い方々のほうが、医療費増大、財政の持続可能性といった諸問題について、切実な危機感を抱いているように感じています。
では、検査や治療が過剰かどうかは、どのように判断するのでしょうか。それが、Evidence-Based Medicine(EBM)、つまり「根拠(エビデンス)に基づく医療」です。臨床研究を精査し、患者さんの病状や意向から医療行為の妥当性を判断する。そして、その患者さんにとって本当に必要な医療を行うことが重要だと考えています。
特に問題視しているのは、有害事象のリスクが高い医療介入です。例えば、がん検診で腫瘍マーカー検査を行うと、一定の確率で偽陽性が見られます。そこで精密検査を受けると、レントゲン検査なら被ばくのリスクが、侵襲的な検査なら合併症のリスクが生じることがあります。必要のない検査によって、患者さんがリスクを負うことになるのです。
また、脳ドッグでは何の症状も出ていないのに、血管の奇形が見つかることがあります。その結果を受けて手術をし、後遺症で神経障害が残ることも。このように、検査そのものには侵襲性がなくても、その後問題が発生し、医療介入を誘発する事例は多数見られます。果たして、それらの検査や手術は本当に必要だったのでしょうか。
もちろん、病的リスクが高い方々に対する検査は必要ですが、検査はすればするほどよいというものではありません。検査を行うターゲットを絞りながら、血圧測定などのエビデンスのある検査や治療を推奨し、そうでない医療行為を避けるよう促すのが我々の活動です。
「チュージング・ワイズリー」の活動は、メディアにも大きく取り上げられ、徐々に認知度が高まっています。みなさんも、抗生物質の不適切な使用から、抗菌薬が効かない「薬剤耐性菌(AMR)」による死者が増えているというニュースを見聞きしたことがあるのではないでしょうか。これも過剰医療が引き起こした事態です。他にも、多くの薬剤を併用することで副作用などの有害事象を引き起こす「ポリファーマシー」も問題視されています。
また、このまま過剰医療が続けば、医療費がさらに増大し、日本の財政もひっ迫します。さらに、新型コロナウイルス感染症の拡大にともない医療費の公費負担が増えたうえ、医療提供体制の強化、ワクチン開発に向けた資金拠出などを行っているため、今後の財政状況はますます厳しくなるでしょう。
この問題を解決するには、医師の力だけでは不十分です。看護師、薬剤師、患者さんなどあらゆる立場の人々が、適正な医療について理解を深める必要があります。中でも、看護師は医師と患者さんの橋渡し役として重要な役割を担っています。
「チュージング・ワイズリー」では、医療従事者と患者さんの対話促進を目指していますが、現実問題として医師と患者さんはなかなかコミュニケーションが取れません。その際、看護師が間に入れば、患者さんに価値の高い医療を勧めることができます。例えば、無症状にもかかわらずMRI検査による脳ドック検査の受診を検討している患者さんに対し、看護師から「その検査には科学的根拠がありませんよ」と伝えれば、その段階で価値の低い医療行為をブロックできます。看護師のみなさんもエビデンスのある医療行為について理解を深め、価値の高い医療を提供していただきたいと願っています。
後編では、「チュージング・ワイズリー」について看護師が知っておくべき情報、最新の知識を学ぶ方法についてお話しいただきました。
チュージング・ワイズリー・ジャパン 副代表
群星沖縄臨床研修センター長
総合診療医
1988年、琉球大学医学部卒業。沖縄県立中部病院、聖路加国際病院、水戸協同病院、JCHOなどを経て、群星沖縄臨床研修センター センター長に就任。筑波大学客員教授なども務める。
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