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2020/6

過剰医療を見直し、「賢い選択」をするために。今、看護師が学ぶべきこととは?

高齢化が進む日本では、医療費の増大に伴う財政のひっ迫が問題視されています。そんな中、注目を集めているのが、無駄な医療を見直し、科学的根拠に基づく医療行為を推奨する「チュージング・ワイズリー」です。この活動を展開する「チュージング・ワイズリー・ジャパン」の徳田安春氏に、日本の医療制度が抱える問題、看護師が学ぶべき知識について、お聞きしました。

徳田 安春

「チュージング・ワイズリー・ジャパン」副代表 / 群星沖縄臨床研修センター長 / 総合診療医

利益追求に走らず、質の高い医療を提供するのが
医師のプロフェッショナリズム

前編はこちら

医師と患者さんが対話を深め、無駄を省いて質の高い医療を提供する「チュージング・ワイズリー」の活動は、世界的な広がりを見せています。日本国内でもこのキャンペーンに賛同し、医療介入を適正にしようという動きが見られます。しかし、各専門学会に対して無駄な医療行為を「5リスト」として挙げてほしいと要請しても、なかなか応じていただけません。そこに横たわるのは、日本の医療システムの問題です。過剰医療は、制度上の問題であり、ある意味パンドラの箱とも言えるのです

問題点は、大きく3つ挙げられます。第一に、診療報酬体系の問題です。現在、外来医療の報酬は、診療行為ごとの点数をもとに計算する「出来高払い方式」。つまり、検査や診療を行うほど報酬を得られるのです。しかも、政府の方針により診療報酬は引き下げられ、医療機関の経営状態は圧迫され続けています。経営努力をしなければ医療機関は存続できないため、どうしても検査や投薬、手術・手技などが過剰になる傾向があります。多くの病院が検診センターを併設し、人間ドックなどの自費診療を行うのも経営を安定させるためです。しかし、利益追求だけを目的とした医療行為は、医師のプロフェッショナリズムに反するのではないでしょうか。患者さんを利益獲得の手段として扱うことに、抵抗を覚えます。

第二の問題は、生涯学習のシステムが機能していないことです。ご承知のとおり、医師免許は更新制ではありません。そのため、自発的に学び続け、常に最新の医療知識を取り入れる必要があります。学習を怠り、いつまでも古い知識を引きずったままでは、患者さんに対して適正な医療を行うことはできません。

第三の問題として、総合診療医の不足が挙げられます。総合診療医は自分で手術や手技を行わず、必要だと判断した際に専門医に依頼します。そのため過剰医療をブロックし、本当に必要な医療行為のみを推奨する傾向があります。

一方、手術で生計を立てている診療科では、手術や手技を行わざるを得ません。例えば、心房細動は高齢者に多く見られる不整脈疾患です。慢性心不全があるなど特別な理由がない限り、カテーテル治療は必要ないと言えますが、循環器系ドクターが多い病院では「手術をしよう」と判断することもあります。過剰医療であるうえ、合併症のリスクも生じるため、患者さんの不利益を招くことになります。

欧米諸国では、医師の半数が総合診療医、残る半数が臓器別の専門医です。日本の新しい専門医制度では、総合系を志望する医師が1万人中200人未満。つまり98%が専門医で、総合診療医は2%にも届きません。過剰医療がますます増えないかと懸念しています。
しかも、日本は超高齢社会です。高齢者はひとりで複数の疾患を抱えることが多く、総合診療医のニーズはより一層高まっていくでしょう。全体のバランスを考え、どの分野の医師を育てるべきか、国としてビジョンを示すことが必要ではないでしょうか。

 

その看護、もしかしたら時代遅れかも?
知識をアップデートする生涯学習の重要性

先ほど「医師の生涯学習システムが機能していない」と述べましたが、看護師についても同じことが言えます。大切なのは、勉強不足にならないよう自主学習を心掛けること。そのうえで、医師と患者さんをつなぐ役割を果たしていただきたいと願っています。

医療の世界は、日進月歩の進化を遂げています。看護学校で学んだ知識の中には、10年後、20年後に錆びついてしまうものもあるでしょう。例えば、昔だったら急性心筋梗塞の患者さんに対し、ルーチンの酸素投与を行っていました。しかし現在は、低酸素状態でない限り酸素投与は必要なく、むしろ過剰な酸素投与は有害である可能性が示されています。常識はどんどん塗り替えられていくため、生涯学習を続けることが重要なのです。

とはいえ、何から勉強すればいいかわからないという方もいるでしょう。そういう方は、American Academy of NursingやCanadian Nurses Associationなど、海外の看護師団体が公開した「5リスト」をチェックしてはいかがでしょうか。「5リスト」は各団体が臨床研究を精査し、専門家が考え抜いて公表したものです。大切なのは、「なぜその項目が含まれているのか」という背景も含めて考えること。普段何気なく行っている医療行為についても違った見方ができるようになるはずです。
例えば「転倒転落のリスクを避けるための身体拘束にはエビデンスがない」「排尿が困難ではない患者さんに、尿道カテーテルを留置する必要はない。むしろ尿路感染症のリスクになる」といった項目も、リストに挙がっています。英文ではありますが、翻訳ツールを使えば問題なく読めるはずです。

自分の担当職務とつながりの深い「5リスト」を調べるのもお勧めです。例えばICUで働いている看護師なら、酸素療法、鎮静・鎮痛などの知識が必要になりますし、外来看護師であれば、睡眠導入剤を高齢者に処方すべきかどうか、といった知識が求められます。このように、「看護師」という大枠だけではなく、自分が担当している病棟の専門領域に関する「5リスト」から学習を始めてみるのもよいかもしれません。

私自身も、過去に看護専門雑誌「エキスパートナース」で「チュージング・ワイズリー」に関する連載記事を執筆していました。まずは、そちらを図書館で読んでみるのもよいでしょう。また、「チュージング・ワイズリー・ジャパン」が出版した「Choosing wisely in Japan- Less is More」、公式サイトの参考資料も、価値の高い医療について知るための手引きとなるはずです。

 

「チュージング・ワイズリー」は
医療に変革をもたらす黒船

日本では、「チュージング・ワイズリー」の活動意義を認め、賛意を示しながらも、歴史と権威ある学会ではなかなか「5リスト」の公開までは至りません。それでも私は、正しい活動は必ず広まると信じています。事実、「風邪をひいた時には、抗菌薬を処方しない。世界中で抗菌薬の効かない薬剤耐性菌(AMR)が増加している」「高齢者に睡眠導入剤を服用すると、認知症や転倒骨折のリスクがある」「薬剤の多剤併用は有害事象を引き起こす」といった知識は、一般の方々にも広まっています。

メディアを通じて患者さんが知識を得ることで、医師もこうした薬を安易に処方しなくなりました。厚生労働省も、医薬品の適正使用を呼びかけています。こうした個々の事例だけでなく、大きなビジョンで医療の価値を高めるため、より多くの方に「チュージング・ワイズリー」の活動を知っていただきたいと願っています。

「チュージング・ワイズリー」は、いわば黒船です。日本は、内側からではなく外からの圧力によって社会が変容してきたという歴史がありますよね。明治維新も、第二次世界大戦後の民主化もそうでした。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う、生活様式の変化も同様です。さらに、変わる時は一気にガラッと変化するのも日本の特徴です。

現状を変えるための最大のネックは、診療報酬体系でしょう。外来医療の「出来高払い方式」が撤廃されれば、過剰医療は大きく減るのではないでしょうか。けして平坦な道のりではありませんが、実現するまで強く訴え続けることが大切です。「チュージング・ワイズリー・ジャパン」でも、医師、看護師、患者さんすべてにとって、価値の高い医療を提供できるよう活動を続けていきます。

徳田 安春

「チュージング・ワイズリー・ジャパン」副代表
群星沖縄臨床研修センター長
総合診療医

1988年、琉球大学医学部卒業。沖縄県立中部病院、聖路加国際病院、水戸協同病院、JCHOなどを経て、群星沖縄臨床研修センター センター長に就任。筑波大学客員教授なども務める。

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