厚生労働省によると、2018年に亡くなった方のうちがんが原因で死亡した人は27.4%で、3.6人に1人ががんで死亡していると報告されています。そんな日本のがん医療を牽引しているのが、国立がん研究センター中央病院です。病院長の西田氏は“協働”をキーワードに、他職種や世界の病院、さらには患者さんとも連携しながら、臨床治験や支持療法などさまざまな研究に取り組んでいます。がん診療のリーディングホスピタルによる“よりよいがん治療”への取り組みや、「未来のがん医療」についてお聞きました。
2020/8
厚生労働省によると、2018年に亡くなった方のうちがんが原因で死亡した人は27.4%で、3.6人に1人ががんで死亡していると報告されています。そんな日本のがん医療を牽引しているのが、国立がん研究センター中央病院です。病院長の西田氏は“協働”をキーワードに、他職種や世界の病院、さらには患者さんとも連携しながら、臨床治験や支持療法などさまざまな研究に取り組んでいます。がん診療のリーディングホスピタルによる“よりよいがん治療”への取り組みや、「未来のがん医療」についてお聞きました。
国立研究開発法人 国立がん研究センター中央病院 前病院長 / 国立がん研究センター理事長特任補佐
国立がん研究センター中央病院は、日本におけるがん診療のリーディングホスピタルです。1962年に開設され、以来、最新のがん医療を全国に普及させることに尽力してまいりました。また、国際共同臨床研究実施推進事業にも採択された臨床研究中核病院として世界トップレベルの臨床研究を自ら実施し、なおかつ他施設の臨床研究支援も行っています。
私が病院長になったのは、2016年のこと。着任してすぐ、国立がん研究センターの「社会と協働し、全ての国民に最適ながん医療を提供する。」という理念に沿って病院のVisionと基本方針をアップデートし、それぞれに〝旗艦病院〞と〝協働〞という文言を盛り込みました。病院は病気を治すだけではなく人を治すところです。人を治すには、社会の中で病気を乗り越える仕組みをつくることが欠かせません。自分の家や地元のコミュニティ、学校や職場など……。患者さんが暮らす場で、生活の質を上げなければ、〝人を治す〞ことはできないと考えています。だからこそ、社会と共に。さまざまな病院、研究施設、民間企業と連携し、人を巻き込んで、病院だけではつくれない、よりよいがん治療を開発・提供したいと思っています。
また、目指すVisionを「日本のがん医療の旗艦病院として、一人一人の患者さんに最適な世界最高レベルの医療を提供する。」と定めました。旗艦病院(フラッグシップ・ホスピタル)という言葉を盛り込んだのは、国立がん研究センター中央病院ならではの使命や役割を明確にしておきたいと考えたから。国立がん研究センターは、中央病院と東病院、二つの病院を運営しています。千葉県柏市にある東病院は、いわば弟のようなもの。地域密着型で、主に早期開発機能が集約されています。一方の中央病院は兄のような存在。兄弟協力して、開発だけでなくあらゆる課題に取り組み施策を講じて、それらを指導的な立場で、国の中に広めていかなければならないのです。国立がん研究センターの中での立ち位置、がん医療における国の中での立ち位置をふまえ、あえてフラッグシップ・ホスピタルという文言を追加しました。
新しい時代のがん医療をつくる旗艦病院として、積極的かつ精力的に、「ここでしかできないがん医療」の開発・提供を推し進めていきたいと考えています。
協働の取り組みの一つとして、近年、力を入れているのが、PPI(Patient and Public Involvement:社会や患者、市民参画)です。PPIとは、医学研究や臨床研究や治験を患者さんと共に行う取り組みのこと。これまで患者さんは研究対象という位置付けに留まっていましたが、そうではなく、患者さんも研究メンバーの一員と考えて、一緒に患者さんのために開発を行おうという動きを指しています。
私たちが今、行っているのが、医療の最終利用者である患者さんと共に臨床試験や治験を行うための仕組みづくりです。現在は土台を固めている段階で、患者さんを対象にした勉強会を実施し始めたところです。「医療をつくるためにどういうことが必要で、どのような手続きを踏まなければならないか」「どういう質を担保しなければならないか」といったことを理解してもらうための活動をしています。
臨床試験や治験は、それを受ける患者さんを保護しデータの信頼性を担保するため厳密に管理され、細かな要件が決まっており、医療者であっても正しく勉強しないといけません。時代と共にルールも変更になり、要件等も改訂されます。どういうことを目指していて、どんなレベルで行われており、そしてどのような基準を満たさなければならないか、細かい規則があり、少しずつ変化していくため、勉強しないと理解が追いつかないのです。医療者でさえわからないわけですから、患者さんにはもっと難しい。みんなでしっかり理解し整理して進めなければならないと考えています。
基本的なことだけでなく、例えば、薬の知識や、それが保険適用になるためにはどのようなデータや質が必要か、非臨床試験や製造管理ではどのような条件を満たす必要があるかなど、治験の周辺にある知識なども理解してもらわなければなりません。そのうえで、患者さん参加型の医療の在り方を共に構築する。これは、相当に大変なことだと思います。成果が出るまで、恐らく、10年、20年の月日が必要になることでしょう。困難な道のりになると思いますが、それでも、社会全体で患者さんの予後やQOLを上げるためには必要なこと。強い使命感をもって、しっかり進めていきたいと思っています。
もう一つ、力を入れているのが、多職種連携型の支持療法です。これまでのがん治療は、治すことを最優先にして行われてきました。しかし、治すために痛い思いや苦しい思いをし、生活の質が下がってしまうようでは、よい治療とはいえません。痛みを和らげ、精神面でのサポートを行い、〝よく治す〞ということを目指さなければならない。そう考えて、支持療法に注力し続けています。
中央病院ならではの特徴的な支持療法部門が、「患者サポートセンター」です。患者サポートセンターは、2016年9月、ケアや支持療法に関する相談の場としてオープンしました。患者さんがリラックスできるよう、温かい光や木目調の家具を取り入れてデザインされているところがポイント。ここで、医師や看護師だけでなく、薬剤師、理学療法士、歯科衛生士などさまざまな職種のスタッフがチームを組み、患者さんに最適なケアを提供しています。サポートを行いながらデータを集めているところも特徴といってよいでしょう。支持療法や緩和ケアなどに関するデータは、まだまだ十分ではありません。本当によい治療、役立つケアとは何なのか。そんなところを明らかにし、エビデンスに基づいた臨床開発やマネジメントをしていきたいと考えています。
後編はこちら
国立研究開発法人 国立がん研究センター中央病院 前病院長
国立がん研究センター理事長特任補佐
1987年、大阪大学大学院医学研究科博士課程を修了。米国Tufts大学医学部で研究員を務めた後、大阪大学医学部第一外科へ。その後、大阪大学医学部附属病院教授、大阪警察病院副院長・外科系統括部長、国立がん研究センター東病院病院長、同センター中央病院病院長などを歴任し、2020年より国立がん研究センター理事長特任補佐に就任。
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