インタビューアーカイブ

2021/6

糖尿病専門医が語る「歯」の話。自らの経験から知った口腔ケアの可能性

虫歯や歯周病の予防のみならず、全身の健康にも大きく関係する口腔ケア。看護や介護の現場でも、口腔ケアは患者さんの病状に大きな影響を与えることが徐々に明らかになってきました。今回は、口腔ケアの重要性を講演会や著書を通して啓発し続けている「にしだわたる糖尿病内科」院長・西田亙氏。西田氏が実際に経験した、口腔ケアが全身に及ぼすよい変化や、糖尿病と歯周病の驚くべき関係性についてお話いただきました。

西田 亙

にしだわたる糖尿病内科 院長

口腔ケアをはじめてから一年で-18kg!
身をもって知った“歯と健康”の関係

なぜ、糖尿病専門医である私が口腔ケアの重要性を発信しているのか。そのきっかけは11年前の2009年まで遡ります。

当時、大学で糖尿病の研究に没頭していた私は、合併症のある重度の糖尿病患者さんを診察する中で、口腔環境が劣悪な方が多いことに気がつきました。「口腔環境と糖尿病は、想像以上に深い関係があるのではないか」という疑念が生じたのです。こうして、口腔外科の患者さんを、積極的に糖尿内科で診察し始めることに。そこへ、全身と口腔の関係に詳しい医師を探していたという愛媛県の歯科医師会からお声掛けいただき、私は研究責任者として口腔と糖尿病に関する共同研究に携わることになりました。

しかし、ここでひとつ問題が起きました。私自身の口腔環境が劣悪だったのです。当時、私の体重は92kgもあり糖尿病予備軍というありさま。深夜に帰宅した後にアイスやラーメンを食べ、ろくに歯磨きもせずに就寝するという毎日です。口臭も酷く、りんごをかじれば歯茎から血が滲むという散々な状況。私の口の中は、歯周病菌の巣窟となっていました。「研究責任者が歯周病だなんて、こんなに恥ずかしい話はない」と思い、小学生以来足を運んでいなかった、大の苦手だった歯医者さんに行くことを決意したのでした。

こうして、歯周病ケアや歯石の除去、正しい歯磨き法を徹底したところ、口腔環境はみるみる改善し、歯周病とは無縁状態になりました。さらに、「綺麗にケアをした口を汚したくない」という気持ちが芽生え、夜食や間食が一気になくなりました。健康な生活を送ることで気分が前向きになり、いままで億劫だった運動まで積極的に行うように。すると、92kgだった私の体重はひと月で2kg減り、気づけば一年で18kgの減量に成功していました。無事に糖尿病予備軍を克服し、長く患っていた不整脈も不思議と完治していたのでした。

 

愛媛県の歯科医師会との共同研究で
明らかになった“糖尿病と歯周病”の関係

口腔ケアと全身の健康のつながりを、身をもって痛感した私ですが、愛媛県歯科医師会との共同研究でさらに驚く結果を得ることになります。この研究で、口腔環境と糖尿病との関わりが明らかになったのです。

共同研究のテーマは「一般歯科医院における血糖モニタリングの有用性」についてです。2009年当時、街の歯科医院は患者さんの血糖値を知らずに処置を行うことが当たり前でした。しかし、糖尿病患者は易感染性※1や創傷治癒遅延※2などの症状を引き起こしやすいため、歯科での観血的処置は、感染症発症の要因にもなり得ます。また、歯医者の患者さんはご年配の方が非常に多いこともあり、その中には糖尿病の患者さんも多数含まれることが容易に推測できました。高齢者の集団では糖尿病の発症率が急激に高まるからです。

 はたして、歯科外来にはどれくらいの「潜在的糖尿病患者」が来院しているのか? 愛媛県歯科医師会に所属する20施設の協力を得て、総勢で670人の患者さんに対して、問診や簡易測定器を用いた血糖値の測定が行われました。すると驚くべきことに、随時血糖値が200mg/dLを超えた人が、患者全体の10%も占めていたのです。さらに、このうちの2割弱の人たちは糖尿病と指摘されていませんでした。そして、血糖値が高い集団ほど、歯周病も重症化している事実が明らかになりました。

自身の経験に加え、この研究結果で口腔ケアの重要性をはっきりと確信した私は、この事実をより多くの人に周知したいと強く感じました。こうして、歯科の論文を徹底的に調べ始めた時、特に私の関心を強く引いたのが“歯周病”でした。

※1易感染性・・・感染防御機能に障害があり、感染リスクの高い患者をいう
※2創傷治癒遅延・・・傷の治りが遅いこと

 

全身を蝕む歯周病の恐ろしさ
綺麗な口腔はあらゆるリスクの軽減につながる

口腔ケアを怠ることにより、最も危惧されるのは歯周病の発症と憎悪です。歯周病とは細菌の感染により引き起こされる感染症の一種。歯と歯肉の間の歯周ポケットに歯周病菌が繁殖している状態ですので、血が出て血管に穴が開けば、細菌は血液中に入り込み、さまざまな感染症を引き起こします。

糖尿病は歯周病と深い関係があるとされています。なぜならば、歯周病は糖尿病の引き金になってしまうとされているからです。糖尿病というのは内臓脂肪で炎症※3が起きている状態で、炎症を起こした箇所で炎症性サイトカイン※4が産生されます。炎症性サイトカインがインスリンの働きを阻害することで、インスリン抵抗性※5を引き起こし、血糖値が上昇しやすくなってしまうのです。歯周病も同じように、炎症が歯周組織で起こっている状態のことをいいます。歯周病に感染すると、炎症性サイトカインの産生により血糖値があがり、糖尿病という、今後の人生を左右するほどの大きな病を発症させたり、憎悪させる可能性があるのです。

歯周組織の炎症により、インスリン抵抗性が引き起こされているのであれば、歯周病を治療することで糖尿病の症状を軽減することができます。糖尿病患者さんの場合、歯周病の治療を行うことで血糖値が下がりやすい体になり、処方する薬の量が減ったり、インスリン注射が減量できるなどのよい変化が見込めます。

日本糖尿病学会は、日本を含め世界中の文献を調べたうえで、歯周病を治療することでHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)※6が0.3~0.7%低下すると結論付けました。これは、糖尿病の飲み薬一錠の効き目に匹敵します。歯科で歯周病の治療をすれば、糖尿病の薬がひとつ減るかもしれない。歯周病はそれほど糖尿病に影響しているのです。

※3炎症・・・細胞や組織が傷害された際にこれを取り除いて再生するために起こす反応
※4炎症性サイトカイン・・・炎症反応を促進する動きを持つサイトカイン(免疫に関与する低分子のタンパク質)のこと
※5インスリン抵抗性・・・インスリンに対する感受性が低下し、インスリンの作用が十分に発揮できない状態。
※6HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)・・・ヘモグロビンが血液中のブドウ糖と結合したもの。糖尿病管理の指標として用いられる

 

“知らない”から“広まらない”
まずは医療従事者全員、歯医者に行きましょう

糖尿病と歯周病の関係性が徐々に明らかになってきたことを受け、日本糖尿病学会は、2016年に2型糖尿病患者に対する積極的な歯周治療の推奨を糖尿病治療のガイドラインに掲載しました。日本は、糖尿病における医科歯科連携では世界のトップを走っているのです。

しかし残念ながら、医師、看護師、介護士などの医療・介護従事者に口腔ケアの重要性が十分広まっているとは言えません。私は、一番の要因は“無知”だと思います。医学部で、歯周病、ひいては口腔ケアの重要性は教えてくれません。医学部で教えてくれないのですから、看護師、介護士が知るはずもないですよね。また、「歯茎からちょっとくらい血が出ても問題ない」「歯が抜けたら入れ歯を入れればよい」「死ぬことはないだろう」という認識のままでいる人が多いのではないでしょうか。人は、正しい知識さえ身に付けることができれば、変われると思います。

例えば、入院患者さんの口腔状態に注意を払うことで、術後の感染症が減少したり、介護の現場では誤嚥性肺炎を防ぐことができることがわかってきています。患者さんの感染症を口腔ケアで予防できることがわかれば、業務においてももっと積極的に行動を起こせると思うのです。とはいえ、私がそうであったように、身をもって知ること以上の学びはありません。ですから、まずは医療・介護従事者が口腔ケアを「自分ゴト」として捉え、自身のケアから始めてほしいと思います。


後編では、医療・介護従事者に対し口腔ケアの重要性をどのように広めていけばよいのか、また、医療と歯科の理想的な連携の在り方についてお聞きしました。

おすすめ書籍

「糖尿病がイヤなら歯を磨きなさい」

著者:西田亙
出版:幻冬舎
糖質制限より、まず歯磨きを! 日本人の8割がかかっている歯周病。歯周病と全身の病気の関係性に切り込みながら、糖尿病予防と改善に役立つ口腔ケアを紹介する一冊です。

西田 亙

にしだわたる糖尿病内科 院長

糖尿病専門医、医学博士。広島県広島市出身。1988年愛媛大学医学部卒業。1993年愛媛大学大学院医学系研究科修了。1994年愛媛大学医学部第二内科助手。1997年大阪大学大学院医学系研究科神経生化学助手。2002年愛媛大学医学部附属病院臨床検査医学(糖尿病内科)助手。2008年愛媛大学大学院医学系研究科分子遺伝制御内科学(糖尿病内科)特任講師。2012年にしだわたる糖尿病内科開院

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