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2021/6

糖尿病専門医が語る「口腔ケア」の重要性。歯周病から患者さんを守る、理想の医療・介護体制とは?

口腔ケアを怠ることなどで発症しやすくなる歯周病は、全身の健康と深く関係しています。「口腔ケアの重要性を理解できていない医療・介護従事者がまだまだ多くいる」と語るのは、「にしだわたる糖尿病内科」院長・西田亙氏。患者さんをあらゆる病気から守るためには、歯科医師だけではなく、医療・介護従事者も口腔について学び、広めていく必要があるといいます。今回は、講演会や著書を通して、口腔ケアの重要性を啓発し続けている西田氏に、歯科を交えた理想的な医療・介護連携についてうかがいました。

西田 亙

にしだわたる糖尿病内科 院長

歯周病菌の脅威は脳にまで及ぶ
アルツハイマー病は“歯周病の薬”で治せる!?

前編では、口腔ケアの重要性が広まらない理由の一つとして、“医療・介護従事者の無知”があるとお話ししましたが、現在、医療・介護従事者が口腔ケアの大切さに気付くきっかけとなるかもしれない臨床試験が進められています。それが、アルツハイマー病の新規治療薬についての試験です。2019年、アメリカのベンチャー企業から、アルツハイマー病で亡くなった方の頭を解剖し、海馬※1を解析したところ、歯周病菌が見つかったという論文が発表されました。脳だけではなく脳脊髄液からも歯周病菌が見つかったのです。

これまで、アルツハイマー病患者の脳に見られる“シミ”のような、「アミロイドβ」を治すため、あらゆる研究が行なわれてきました。しかし、夢の特効薬はいまだに登場していません。その理由は、「脳に原因がある」という視点で研究が続けられていたからです。しかし、この論文の発表によって、歯周病菌が、アルツハイマー病の原因のひとつであることが判明しました。脳で見つかった歯周病菌の一種であるポルフィロモナス・ジンジバリス(Pg菌)※2が脳で炎症を起こし、炎症を抑えるためにアミロイドβがつくられているという可能性が出てきたのです。

この研究をもとにして、米国のベンチャー企業Cortexyme社は2020年の秋から2021年12月の期間で、米国とヨーロッパのアルツハイマー病患者600名にPg菌に対する新薬を投与し、認知症の改善に効果があるのかを調べる臨床試験が進行しています。この臨床試験が問題なく終わり、かなりの効果を得たとなれば、2022年1月頃には「アルツハイマー病の夢の治療薬が誕生。歯周病菌の薬によって認知症が改善」という衝撃的なニュースが世界中を駆け巡ることでしょう。

歯周病を治療することで、歯を守るだけでなく、アルツハイマー病も予防できるとなれば、日本でも話題になるのではないかと期待しています。医療・介護従事者に限らず、国民も口腔ケアや歯周病予防に興味を持ってくれるはずだと私は信じています。そこでやっと、多くの人が口腔ケアの重要性に気付き、歯医者に行くようになるはずです。医療・介護従事者には、率先して口腔ケアを気にするようになってほしいと私は思います。

※1海馬・・・側頭葉内側にあり、記憶の形成に重要な役割を果たしている大坊辺縁系の一部
※2ポルフィロモナス・ジンジバリス(Pg菌)・・・歯周病の原因となる細菌のひとつ。数百種類を超える歯周病菌の中で、最も高い病原性をもつ。

 

口腔ケアの重要性を知ってほしい
今の医療・介護現場に足りていないのは“伝える力”

口腔ケアに取り組むことで、介護現場では誤嚥性肺炎が圧倒的に減ることが予想されます。誤嚥性肺炎は食べ物や異物を誤って気管や肺に飲み込んでしまうことで発症しますが、誤嚥性肺炎の原因となる菌の中に、嫌気性菌である歯周病菌も含まれています。むせた際や、寝ている間に、食べ物などと一緒に歯周病菌が気管や肺に入っていってしまうのです。通常であれば咳をすることで異物から呼吸器を守ることができますが、加齢とともに体の機能や免疫が低下するため、誤嚥性肺炎は高齢者に多いとされています。

誤嚥性肺炎を引き起こす歯周病菌の侵入を防ぐためには、口腔内を清潔に保っておくことが欠かせません。高齢者の口腔ケアでポイントとなるのが入れ歯のケアです。高齢者の多くは入れ歯を利用していますが、ほとんどの人は歯ブラシで磨くか、市販の入れ歯洗浄剤で綺麗になったつもりでいます。しかし、それだけで入れ歯の汚れを取りきることは不可能です。

たとえば、台所の排水溝を想像してみてください。皿洗いで使用した洗剤の泡がたっぷり流れているはずなのに、排水溝はぬるぬるのままですよね。金属ブラシなどでゴシゴシと磨かなければ、汚れやぬめりは取れません。その理由は、汚れ・ぬめりの原因が微生物の集合体であるバイオフィルムだからです。実は、歯垢もこの一種だと言われています。つまり、入れ歯も排水溝の掃除同様、綺麗にするためには物理的な力が必要になる、ということです。
口腔衛生管理でとても大事なキーワードは「物理的除去」です。これを叶えるのが、「超音波洗浄機」を使うこと。超音波洗浄機は水や洗浄液を超音波によって振動させ、強力な衝撃波で、歯磨きだけでは取り切れない微細な汚れを洗浄してくれるので、入れ歯に付着した汚れを物理的に取りきることができるのです。

入れ歯を正しく洗浄し清潔に保つことで、歯周病菌が減り、誤嚥性肺炎の可能性が格段に減ります。しかし、介護施設で超音波洗浄機を取り入れた口腔ケアを実施している施設はどれくらいあるでしょうか。導入できないさまざまな事情もあるかと思いますが、その場合はご家族に購入してもらうよう説得してでも使用することが必要だと私は考えます。一万円程度の超音波洗浄機を購入すれば、おじいちゃんやおばあちゃんの入れ歯をずっと清潔に保つことができ、肺炎などの感染症にかかるリスクが減少し、元気に過ごすことができるのですから。

「どれだけ提案しても、高いからご家族が買ってくれない」と言う医療・介護従事者もいらっしゃいますが、それは説明の仕方が不十分なのだと思います。なぜ超音波洗浄機が必要なのか、入れ歯を綺麗にすることが大切なのか、まずは医療・介護従事者がきちんと理解をしたうえで、わかりやすい言葉で説明すれば、ご家族もきっと理解されることでしょう。台所の排水溝の例は想像もしやすいので、ぜひ、説明時の参考にしてみください。

特に若い医師、看護師、介護士さんは、経験が浅いので患者さんやご家族を説得することに慣れていないかもしれません。しかし、言葉選びを工夫し、誰でも容易に想像できるような表現で説明すれば、口腔ケアの重要性は、あっという間に日本中に広まるのではないでしょうか。その結果、高齢者の感染症や糖尿病、アルツハイマー病を防ぐことで健康寿命も延び、国全体を巻き込むポジティブなムーブメントのきっかけになると思います。

 

地域医療連携に歯科も加わるべき。
歯周病によるすべてのリスクから患者を守る理想的な医療の形

口腔ケアの重要性が広まるだけでは根本的な問題は解決しないと思います。理想的なのは、病院や介護施設、福祉施設だけでなく、歯科医院との医療連携も密であること。病院内に歯科がない場合は「いつでも患者を紹介できる歯科医師がいる」という体制をつくることです。一方で、医師や看護師、介護士が口腔ケアの重要性や歯周病の危険性を知り、歯科医の必要性を判断できることも不可欠になります。介護施設であれば、かかりつけの歯科医が定期的に来てくれる体制を整えておくことが大切です。

病院と歯科医の連携において、とある日本赤十字病院での成功例を聞いたことがあります。病院に歯科チームを設立し、歯科医師と歯科衛生士が看護師に講義や実習を行い、看護師でも口腔アセスメントできるような体制を整備。こうして、同院では患者さんが入院した際、必ず看護師が口腔アセスメントを行うという体制で運用しているそうです。さらに、心配な点があれば、歯科を紹介するシステムも確立しています。本来であればすべての病院でこうした連携システムを導入すべきですが、日本ではまだまだ数少ない病院例です。歯科を設立することが難しい病院は、地域・近所の歯医者さんとの連携を強固にしていくことが大切でしょう。

また、歯科医師や歯科衛生士には、病院や介護施設のスタッフはもちろん、患者さんや施設利用者に対し、歯の基本的な情報や正しい口腔ケア法について積極的に講義をしてほしいと思います。しかし、前述したように、今の医療は“伝える”力が十分ではありません。講義を行う側は“誰もが理解できる言葉で、理解しやすい順序で説明する”ことを意識していただきたいと思います。一方で、講義を受ける側もきちんと伝えてくれる講師を探すことが重要になります。もし、全国の病院で、伝えることに長けている歯科医・歯科衛生士に講義を実施してもらうことができれば、口腔ケアに関する取り組みは急激に加速することでしょう。

私も、いままで医療従事者に口腔ケアと糖尿病の関係性について懸命に広めてきましたが、興味を持ってもらうだけでも大変苦戦しています。今後はYouTubeなどのSNSを活用した啓発活動を視野にいれ、より一層多くの人にアプローチしていきたいと考えています。

おすすめ書籍

「歯医者さんに行きたくなるお口と糖尿病のお話」

著者:西田亙
出版:クインテッセンス出版
歯周病と糖尿病の関連性というのは十分にしられていません。そんな状況を変えるため、西田氏が口の健康と糖尿病の深い関係をわかりやすく解説。月刊「nico」の連載「Dr. にしだわたるの糖尿病1分間クリニック」が待望の書籍化。

西田 亙

にしだわたる糖尿病内科 院長

糖尿病専門医、医学博士。広島県広島市出身。1988年愛媛大学医学部卒業。1993年愛媛大学大学院医学系研究科修了。1994年愛媛大学医学部第二内科助手。1997年大阪大学大学院医学系研究科神経生化学助手。2002年愛媛大学医学部附属病院臨床検査医学(糖尿病内科)助手。2008年愛媛大学大学院医学系研究科分子遺伝制御内科学(糖尿病内科)特任講師。2012年にしだわたる糖尿病内科開院

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