地球温暖化にともなう気候変動により、毎年のように大規模な自然災害が起きている日本。コロナ禍においても、災害の発生には「待った」がかかりません。被災した人々が「三密」を避け、感染対策を徹底したうえで避難生活を送ることはできるのでしょうか。コロナ対策を踏まえた避難のあり方について、ガイドラインの策定に携わった神原咲子氏に、コロナ禍の災害看護について話をうかがいました。
2022/1
地球温暖化にともなう気候変動により、毎年のように大規模な自然災害が起きている日本。コロナ禍においても、災害の発生には「待った」がかかりません。被災した人々が「三密」を避け、感染対策を徹底したうえで避難生活を送ることはできるのでしょうか。コロナ対策を踏まえた避難のあり方について、ガイドラインの策定に携わった神原咲子氏に、コロナ禍の災害看護について話をうかがいました。
前編はこちら
新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、避難所のあり方も見直されています。特に水害が起きると、人々が着の身着のままで大量避難してきます。避難所の人口密度が上がれば、いわゆる「三密」になります。こうした状況下で公衆衛生を守るのは困難であり、自然災害と新型コロナウイルス感染症との複合災害で最も苦労する点です。
日本災害看護学会では、2020年4月頃に新型コロナウイルスが急拡大した際、感染対策を踏まえた避難のあり方についてガイドラインを作成しました。「コロナ禍でも自然災害は待ってくれない。そのための備えが必要だ」と提言したところ、「そんな恐ろしいことを言うな」と批判されたこともあります。しかし、現実に熊本県人吉市では豪雨による洪水被害が起きてしまいました。コロナ禍という状況でしたから、被災地では県外からのボランティアなど外部支援を受けることができません。その一方で、「密を避けた避難所を作ってほしい」という声も数多く上がったため、実情に合わせて避難のあり方に関するガイドラインを改訂していきました。
最初は、感染が疑われる人や具合が悪い人の動線を分けたり、避難所内を区分けして段ボールベッドを配置したりといった対策モデルを作りましたが、現場での対応は困難です。避難してきた人たちは、自分が感染しているかもわかりませんし、全員が受付を通って避難所に入るわけでもありません。特定のスタッフが、避難してきた人々を誘導するやり方では、そのスタッフが感染源になる恐れもあります。そこで、テープや貼り紙を使って人々の意識を高めるよう、ガイドラインを作成しました。
こうしたガイドラインを考えるうえで大切なのは、実行できる対策だけに絞り込むことです。「三密」を完全に避けるのは難しいため、同じ区画にいる人は運命共同体と考えることに。その代わり、今いる区画を絶対に越えないようにすることを原則としました。コロナ禍では、外部支援の受け入れが難しく、災害対応が制限されます。また、感染コントロールだけに注力すれば、ほかの原因で体調を崩す人も出るでしょう。だからこそ、避難のあり方をより包括的に考えなければならないのです。
そのうえで、私が提言しているのが分散避難です。災害が発生した時に、「この人といれば安心だ」「ここにいればちゃんと生活できる」と思える場所はどこなのかは、人によって違います。お金に余裕があるなら、ホテル暮らしをするのもいいでしょう。車中泊やテント泊という方法もあります。新潟県中越地震の際には、車中泊でエコノミークラス症候群を発症した人々が話題になりましたが、トイレに立ったり車外に出たりと意識的に行動すれば防ぐことはできるはず。熊本地震では、ビニールハウスや親戚の倉庫などに避難するケースもありました。いずれにせよ、「そこに行けば命をしのげる」「そこなら安心できる」という場所に避難することが重要です。
妊婦さん、乳幼児を抱える親御さん、障害者の中には、避難所に行きたくないという人もたくさんいます。こうした人々は、避難所に来られないことによって、どんなことに困るのか。それぞれのニーズを汲んで対策を打たなければ、本当の防災とは言えません。誰も取り残さない防災のことを「インクルーシブ防災」と言いますが、マイノリティに向けた対策はまだまだ不十分です。全国の自治体の避難所ガイドラインを見ても、プライバシーの確保やペット対策については記載されているのに、バリアフリー・ユニバーサル対応については25%、避難所内での託児所の設置については10%、LGBTへの配慮については2%以下しか記載されていません。防災計画や避難所運営マニュアルも、人々の多様性に配慮した視点で考える必要があるでしょう。
また、誰も取り残さない災害看護には、避難所全体を俯瞰する視点が必要です。避難所の看護師がひとりの被災者につきっきりで対応すると、それ以外の人々が目に入らなくなり、受援の格差につながります。目の前に泣いている赤ちゃんがいるなら、そのひとりにだけ対応するのではなく、ほかにもたくさんの赤ちゃんや親御さんが同じように困っていると考えることが大切です。例えばミルクやおむつなどの支援物資を求める時も、ひとりのためではなく、避難所全体のために頼んだほうが効率的と言えるでしょう。
被災地では、安否確認や応急手当が必要となるだけでなく、時間が経つにつれて、栄養、衛生、環境、メンタルヘルスなどさまざまな問題が出てきます。コロナ禍であれば、そこに感染対策も盛り込まねばなりません。看護職者がこうした課題にひとつずつ対応するには、看護知識や看護技術だけでなく、「これは困ったことになるのでは」と感じるリスク認識、そして「これは地域独特の問題だね」という地域特性への理解が必要ではないかと思います。
災害が起きると、地域の看護職や介護職の人々も被災者になる可能性があります。そのため、支援をする側、支援を受ける側という明確な線引きができません。医療従事者は「私たちが何とかしなければ」と思いがちですが、災害の現場ではそういった人々が犠牲になりやすいのも事実です。自分の命や健康を犠牲にしてまで、看護を行う必要はありません。そのうえで、もし災害ボランティアとして活動することがあれば、看護職者としての専門能力を最大限発揮すればいいと思います。コロナ禍の避難所でも、感染症の専門看護師だけがコロナ対応するのではなく、被災地の訪問看護師、介護士がそれぞれ自分たちの専門能力を駆使して対策を行いました。自分の能力を発揮し、できることを粛々と行うことが、被災地全体の危機管理につながると思います。
地球温暖化に伴う気候変動により、日本の自然災害は激甚化しています。2015年には内閣府が「『防災4.0』未来構想プロジェクト」を立ち上げ、地域住民主体の防災対策を提言しました。今や、どの地域が被災地になるかわからず、誰もが災害の当事者になりうる時代です。だからこそ、誰もが一住民として防災対策を意識していただきたい。少しでも災害に関心を抱き、自分にできることは何か考えるところから始めてもらえたらと思います。
兵庫県立大学 地域ケア開発研究所 研究員(講師)
近大姫路大学 看護学部 准教授
高知県立大学 看護学研究科 災害看護グローバルリーダー養成プログラム 准教授を経て現職
災害看護、公衆衛生、国際看護を専門分野とし、国内外で研究に従事。東日本大震災やネパール地震などでの長期・広域にわたる健康支援を通じ、リスクコミュニケーションや減災ケアの研究に取り組む。人間の安全保障と減災に取り組む国際的な研究団体「EpiNurse(エピナース)」を創設。
SNSでシェアする