術後は娯楽や散歩など、刺激のある生活支援を
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特発性正常圧水頭症は、手術後すぐに回復が見られますが、手術後のケアもとても大事な病気です。看護師や介護士、そしてご家族の協力がなければ再発の可能性が高くなります。
患者さんは、頭部に溜まった脳脊髄液を腹部に流すために、頭を上にして腹部を下にした状態、つまり寝たきりではなく「立つ」もしくは「座る」姿勢になる必要があります。1日当たり30㏄の脳脊髄液を抜かなければならないため、最低30分ほどは起き上がっている必要があります。術後の患者さんを寝たきりにさせてしまい、再び脳脊髄液が頭部に蓄積し、一度回復した認知症が悪化してしまったケースもありました。また、腹圧が高くなると脳圧に影響が出るため、便秘や肥満にならないようにも注意します。
認知症の症状が落ち着いてくると、歩行障害が改善され問題なく歩けるようになったり、新聞や雑誌を読めるようになったりします。ところが、この事実を知らないと、「本はどうせ読めないだろう」「まだ歩くのは無理だろう」と決めつけてしまいがちになります。それでは、認知症を進ませてしまうだけです。積極的に身体を動かしたり、脳への刺激につながるようなものを用意すると、患者さんの回復もより加速を増していきます。
最近では、高齢者の一人暮らしや昼間は家族が不在となるご家庭も多いため、ご家族だけでは術後のケアを満足に行えない現実もあります。そこで、私が期待しているのが、訪問看護師や介護士による支援と、デイサービスの利用です。患者さんが活動的かつ知的な生活環境を取り戻すためには、彼ら、彼女らの活躍が欠かせないと思っています。
一般の方への周知も早期発見の鍵
患者さんへの病気に関する周知活動も、医療従事者への周知と同様に進めていかなくてはなりません。なぜならば、はじめに患者さんの異変に気づくのは、ほとんどがご家族だからです。認知症の症状がひどくなったのは半年前、という患者さんでも、歩行障害が見られたのは3~4年前、というケースが多くあります。歩行障害の初期段階で異変に気付くことができれば、早期の治療が可能です。だからこそ、一般の方々にも広くこの病気のことを知っていただきたいのです。
当院でも、各地で勉強会を開催したり、メディアに出演するなどして、より多くの方にこの病気について知っていただけるよう、努力していかなければなりません。
特に、テレビへの出演は、非常に反響が大きいと感じます。歩行障害の例を動画でお見せできるので、患者さんご本人の歩き方と比較しやすいのでしょう。問い合わせのお電話や来院される方もぐっと増えます。
また、セカンドオピニオンの利用促進にも課題が残ります。さまざまな医師や患者さんとお話しする中で、まだまだセカンドオピニオンの利用が進んでいないように思います。患者さんやご家族が特発性正常圧水頭症を疑った時、当院のような専門性の高い医療機関に相談することで発見・治療につながります。セカンドオピニオンは患者さんにとってインフォームドコンセントを受けるための当然の権利ですから、どんどん利用していただきたいと思います。
セカンドオピニオンには、主治医側にもメリットがあります。その主治医もこの病気について知ることができるのです。医師は真面目な方が多いはずですから、知らない病名が出てくれば必ず調べ、知識を有します。それがまた別の患者さんの発見にもつながるかもしれないのです。
約37万人の認知症患者を治したその先に
この病気の周知はある意味、私のライフワークともいうべき活動です。治療を諦めかけている方を一人でも救えるよう、今後も活動を続けていきたいと考えています。
今、多くの方が特発性正常圧水頭症について知ることで、認知症を「治せる」ケースが増えてくるでしょう。37万人の患者さんを治す、もしくは症状を軽減することができれば、医療・介護職やご家族の負担感も大きく変わるでしょう。高齢化社会が抱える課題にも、きっとよい方向へと変化が生まれてくるはずです。