インタビューアーカイブ

2020/3

地域の病院が密に連携し機能を存分に発揮 近未来の地域医療の在り方を問う(後編)

高齢化に伴い、地域医療連携が重要視される昨今。倉敷中央病院院長の山形氏は、「地域医療連携」という概念がなかった時代から、同院で地域の医療機関との相互理解を深め、地域連携の体制を整えてきました。地域医療連携の基盤を固めた山形氏が現在取り組んでいるのが、「医療のエコシステム」の構築です。医療のエコシステムとは、病院の機能分化を明確化し、本来の機能を存分に発揮できるシステムのこと。「病院がなくなってもいい」と語る山形氏に、システム構築に向けた「五つの機能強化」への取り組みや、「もう一歩進んだ、これからの地域医療の在り方」をお話しいただきました。

山形 専

公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構 / 倉敷中央病院 / 常務理事 院長

地域に「医療のエコシステム」を構築し「五つの機能強化」を発揮するのが使命

前編はこちら

これからは、もう一歩進んだ地域医療連携が求められると思います。私はそれに対する答えとして、県南西部の医療圏に「医療のエコシステム」を構築していきたいと考えています。医療のエコシステムとは、それぞれの病院がもつ機能をより明確にし、その機能を存分に発揮できるシステムのことです。その実現のためには、当院や川崎医科大学附属病院が中心となって、例えば、地域の医療機関とで電子カルテを統一し、当院のカルテを外部の病院でも閲覧できるようにしたり、検査や診断データを1ヵ所に集約したりと、地域全体で無駄を省いて医療のエコシステムをつくっていく必要があります。そう考えると、高度急性期や回復期、維持期といった振り分けも、本来はおかしいのかもしれませんね。

「予防医療プラザ」の外観

1階エントランスの「健康広場」

 

医療のエコシステムの構築を進めるうえで、当院が目指す方向として掲げているのが「五つの機能強化」です。一つ目は高度先進医療の推進、二つ目は救命救急で、これらは当院の大きな役割として、引き続き推し進めていかなければならない機能です。
そして、三つ目には高度トリアージ、四つ目にはディスティネーション医療を掲げています。高度トリアージというのは、患者さんを一次、二次、三次と順番につなげていくのではなく、当院で患者さんの状態をしっかりと見極め、重症度や疾患に合わせた医療機関へ送ることを意味しています。実例として、検査した患者さんの治療に自院では対応できないからとほかの病院へ送り、するとその病院には機能をもち合わせていないからと、また別の病院へ……といったことが現実的に起きています。いろいろな意味で負担の多いことは極力最小限にするためにも、高度な治療が必要な場合は当院で、そうでない患者さんは適切な診療を提供できる病院へ送る。この仕組みは、何よりも患者さんが一番安心できるでしょうし、最もエコノミカルで機能的だと思っています。

四つ目のディスティネーション医療は、米国のメイヨー・クリニックでも実践されているものです。ディスティネーションとは、最終目的地のことです。つまり、当院に来ていただければどんな治療も提供できる、ということを表しています。当院にはすべての診療科がそろっているので、脳疾患は対応できるが心臓疾患はできない、といったことがありません。かつ各診療科による部門の壁を超えたボーダレスで集中的な治療が可能です。患者さんの最終目的地としての役目を担います。

 

病気予防への意識改革を促しこれからの医療の常識「予防医療」を推進

上部内視鏡検査の待合

3階中央受付

 

最後の五つ目は、予防医療です。これからの時代、病気になってからの医療ではなく、なる前に防ぐ時代になると、もう10年くらい前から考えていました。
医療保険制度改革が行われてから60年が経ちますが、いまだに患者さんの中には「症状が出てから治療する」という意識が根強くあると思います。しかし、健康保険を使うときというのは、すでに病気になっているわけですから、それでは手遅れの可能性もあります。私の専門である脳神経外科の領域を例にして説明すると、脳梗塞や脳出血、くも膜下出血などの脳卒中を発症したときは、すでに動脈瘤破裂などを起こしているわけです。もし、その患者さんが、発症の1年前や3年前にMRI検査を受けていたら、脳卒中の予兆を見つけることができていたかもしれません。では、なぜ最悪な状況にまで至ってしまうのかというと、健康保険の適用外になる健康診断や人間ドックよりも、医療費の自己負担額のほうが安いからと、予防に時間とお金を費やさないからだと考えます。このことを私は、「健康保険制度の罠」と呼んでいます。

また、ご存じのように、今はロボットやAI(人工知能)、ゲノムといった、医療の技術革新の勢いがすごいですよね。急性期病院も技術の進化に後れを取らないように対応していく必要があるわけですが、私たちのような独立採算でほぼ利益のない状況下で経営をしている病院にとって、あらゆる最新技術を導入し続けることが果たして可能なのでしょうか。診療報酬が上がるわけでもありませんから、現実は、やればやるほど赤字でしょう。

こうした厳しい時代を迎えている中で、これからは患者側も病院側も意識改革を行い、予防医療へとシフトしていくことが必要だと思います。そこで、当院の五つ目の機能として予防医療に力を入れることを決断し、2019年の6月、地上5階地下1階建ての建物に「予防医療プラザ」をオープンしました。ここは、単に一般健診や人間ドックを実施するだけでなく、健康づくりの総合拠点としてさまざまなことに活用したいと考えています。例えば、医師によるセミナーや健康運動指導士・理学療法士による健康・運動イベントなど、健康に関する教室やイベントを定期的に開催し、病気予防に対する住民の意識改革を促したいと思っています。そのために建物の中はちょっと贅沢な造りになっています。エントランスに続く多目的スペースの「健康広場」やコラボスペース、300人収容可能な研修ホールなど、一般的な健診施設にはなかなかないスペースを豊富に設けています。また、AIを用いた「健康予測シミュレーション」という最先端の技術を活用しながら、予防医療の進展を加速させたいと考えています。

 

「病院がなくなったっていい」医療の本質を突き詰め地域住民を守る

急性期医療に力を入れてきた当院が、予防医療に取り組む。おもしろいと思いませんか? 一見すると、患者数や手術件数の減少で経営に影響を与えかねないと思われるかもしれませんが、しかしそれは、医療の本質とは言えません。「がんをもっと早期に発見したい」「脳卒中の予兆を少しでも早く見つけたい」、こうした思いこそが真の医療と言えるのではないでしょうか。本質が何なのかを見極めた結果、手術件数が減ったならばそれはそれで本望です。地域の皆さんが病気にかからなければ、この病院はなくなってもよいのです。今の医療はもう限界にきています。だからこそ、10年後、20年後のこの地域の医療をどうにかしたいのです。

私は、20年後の未来の医療の姿が、ここにきっとあると思っています。この先、本当に医療保険制度が崩壊してしまい、国も自治体もお金を出せないとなったとき、病院は、地域と連携しながら医療を維持できるシステムをつくっておかなければなりません。それが、医療のエコシステムです。患者さんが自分の健康を自分で守り、育てられるよう、私たちは地域のために何ができるのかを、常に問い続けることが必要だと思います。

山形 専

公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構
倉敷中央病院 常務理事 院長

金沢大学医学部卒業後、国立循環器病センター、京都大学医学部附属病院などでの勤務を経て、1996年に倉敷中央病院脳神経外科主任部長、2008年に副院長に就任。2016年より現職。

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