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2020/5

現状や原因、治療を正しく理解し、「男性不妊症看護のスペシャリスト」をめざしてほしい

夫婦全体の5.5組に1組は不妊症の疑いがあり、体外受精の治療件数が世界で最も多いことから、“不妊大国”と言われる日本。不妊の原因の約半数は男性にあるにもかかわらず、不妊治療のほとんどが婦人科で女性に対してのみ行われているのが現状です。女性側が行う高度生殖医療の急速な普及に比べて、男性不妊治療が広がりを見せない要因はどこにあるのでしょうか。生殖医学、性機能障害の治療に注力し、豊富な臨床経験をもつ生殖医療専門医の辻村晃氏に、男性不妊の原因や治療法、男性不妊症看護の現場で求められる看護師像についてお聞きしました。

辻村晃

順天堂大学医学部附属浦安病院 泌尿器科 教授 / Dクリニック東京メンズ 男性妊活外来 担当医

男性不妊症患者の4割が「原因不明」
未だ確立しない男性不妊治療

前編はこちら

男性不妊の原因には大きく分けて、精巣の機能異常によって精子を作り出せない「造精機能障害」、精子が作られているのに射精するまでの経路に異常があり、精子が尿道まで出てこられない「精路通過障害」、勃起障害や射精障害といった「性機能障害」の3つがあります。2015年に行われた厚生労働省の「我が国における男性不妊に対する検査・治療に関する調査」によると、「造精機能障害」が82.4%、「性機能障害」が13.5%、「精路通過障害」が3.9%で、「造精機能障害」が過半数を占めています。

「造精機能障害」の原因のうち、36.6%は男性不妊を引き起こす代表的な疾患である精索静脈瘤で、これは手術によって改善が期待できますが、51.1%は原因が不明です。つまり、どこを調べても問題がないにも関わらず、精子の数が少なかったり、運動性が悪かったりする方が、男性不妊全体の4割にのぼるのです。

原因不明の造成機能障害には確立された治療法がありませんが、酸化ストレスによる精子力の低下が原因のひとつと考えられ、唯一、抗酸化剤を使うことで精液所見が改善する可能性があると言われています。これまでに造精機能の改善が報告されている抗酸化成分に、亜鉛、コエンザイムQ10、アスタキサンチン、L-カルニチン、ビタミンB12、ビタミンC、ビタミンEなどがありますが、私たちは企業と共同で、これら7種の成分を組み合わせた男性用妊活サプリメントを開発しました。臨床試験で、総運動精子数が少ない30例を対象に同サプリメントを3ヶ月間服用した結果、その改善が認められ、現在国内の医療現場で採用されています。
 海外の多数の研究成果から、過去数十年にわたり、精子数が減少していることが明らかになっていますが、この男性用妊活サプリメントの活用は、有効な治療法のひとつになり得るのではないかと期待されています。

「造精機能障害」の中で、最も重い症状が精液中に精子が確認できない無精子症です。精子の通過路が閉じている閉塞性と、精巣そのものの精子を作る力が低下している非閉塞性の2種類があり、9割の方は非閉塞性です。閉塞性の場合、精子自体は作られているので、精子の通過路を開通させる手術で精子を得られる可能性はありますが、非閉塞性の方が妊娠させることは不可能とされていました。しかし近年、非閉塞性の方でも精巣の一部でごくわずかな精子が作られていることが確認され、顕微鏡を用いて精巣内の精子を探し出す「顕微鏡下精巣内精子採取術」が行われるようになりました。この手術で30%程度の方に精子が見つかっています。

また、1997年に行われた厚生労働省の同調査と比較すると、男性不妊症の3つの原因のうち、「性機能障害」だけが18年の間に約4倍と大きく増加しています。性機能障害は大きく分けて、勃起障害、射精障害、性欲低下の3つがあり、勃起障害には特効薬が存在しますが、射精障害には治療法がありません。男性が排卵日に計画的に夫婦生活をもつことにストレスを感じることが原因のひとつとされており、メンタル面が深く関わってくるため、治療もひと筋縄ではいかないのです。

このように男性不妊は原因が明らかになっていない部分が多く、治療法が確立されていないことが、女性側の高度生殖医療に比べて重要視されにくい要因でもあるのです。

 

男性不妊症看護で求められるのは、
正しい知識と男性の気持ちに寄り添ったケア

不妊症看護認定をお持ちの看護師さんは、女性側の不妊治療に関わる知識や経験は豊富でも、男性側のことに関しては多くの知識を持たない方がほとんどではないかと思います。そのため、きめ細かなケアやサポートを受けられていない男性不妊症患者さんが多く、気軽に相談できないことで悩みを深めてしまうケースも散見されます。

例えば「男性側の精液所見が悪い人は大体どれくらいの割合ですか?」と聞かれて答えられる看護師さんは、ごくわずかでしょう。これは看護師さんだけでなく、一般の泌尿器科医のほとんどが答えられないのです。生活指導の面においても、男性不妊症患者さんに「喫煙が精子の数や運動性に悪影響を及ぼしますか?」と聞かれることがよくありますが、自信を持って答えられるでしょうか。喫煙が精子を作る力に影響するというデータは数多くあり、「悪影響を及ぼすので禁煙してください」という生活指導が必要になります。

不妊は男性側に原因がある場合が約半数あり、男性の質問や悩みに答えられることが、妊娠の可能性を高めることにつながります。男性不妊症に関するセミナーに参加したり、勤務する医療機関に男性不妊の外来がある場合には、診察のサポートに積極的に入ったりすることで、不妊の原因や治療法、治療によって改善する割合などの知識を身に付けていただくとよいでしょう。1人でも多くの看護師さんに「男性不妊症看護のスペシャリスト」をめざしてほしいと思っています。

男性不妊治療の現場で看護師さんに求められるのは、男性不妊に関する豊富な知識と、男性の気持ちに寄り添ったメンタル面のケアです。中でも特に気を配りたいのが、子どもを授かることが難しい無精子症の患者さんへの対応です。私が診察を行うクリニックで、ブライダルチェックを受けた男性のうち1.8%が無精子症でした。実に50人に1人という割合です。無精子症と診断されることは精神的なショックが非常に大きく、自尊心を傷つけられたように感じる男性も多い。そう告げられた途端に頭が真っ白になり、帰り際、看護師さんに「どんな話をされたのかまったく覚えていない」と吐露される方が何人もおられます。

看護師さんには、男性患者さんの気持ちを推し量った精神的なフォローや手厚いケアが求められます。無精子症の方は50人に1人だということを知っている看護師さんと、1万人に1人しかいないと思っている看護師さんでは、患者さんへの対応は変わってくるはず。正しい知識を身につけて、「無精子症は決して珍しいものではない」という認識を持つことが重要です。まさに「知識とケアは一体化している」と言えるでしょう。

 

男性不妊症専門医の育成と診療体制の整備に従事し
少子化改善に貢献したい

男性不妊治療全体の喫緊の課題は、若手医師の育成です。全国に9000人いる泌尿器科医の中で、生殖医療の認定医はわずか63人。若手の生殖医療認定医を育てていかないことには、この先、男性不妊の治療を受けることがますます困難になるでしょう。それは子どもを望む夫婦にとって、不幸なことだと思うんです。精索静脈瘤の手術をすれば、精液所見が7割改善すると言われていますし、サプリメントを服用することで精液所見が改善する人もいます。正しい治療によって改善すれば、自然妊娠さえ期待できるようになるはずなのに、今は男性側の治療はせずに、すぐに人工授精や体外受精を行うという流れが主流になっています。男性側の治療の普及にとって、男性不妊症に対応できる専門医の存在は重要であり、若手の医師を育成することで、診療体制の整備につなげたいと思っています。

加えて、男性不妊症に関する正しい知識に基づいた啓発活動にも注力し、不妊症に対する人々の理解をさらに深めていきたい。男性不妊症が社会で身近な問題と位置付けられ、若い時期から妊活や生活習慣の改善に取り組むことの重要性が広く認知されることで、少子化の改善に貢献したいですね。

 

NPO法人男性不妊ドクターズ(MIDS)

辻村氏をはじめ、男性不妊を専門とする医師が集まり、男性不妊治療の必要性を広く発信し、少子化の改善に貢献しようと2014年に発足したNPO法人男性不妊ドクターズ(MIDS)。男性不妊症の認知拡大に向けて、一般向けの講演会や講座といった啓蒙・啓発活動を精力的に行っています。公式サイトでは講演会の情報のほか、不妊に関する調査結果などが掲載され、男性不妊に関する知識を気軽に得ることができます。

辻村晃

順天堂大学医学部附属浦安病院 泌尿器科 教授
Dクリニック東京メンズ 男性妊活外来 担当医

(略歴)
兵庫医科大学卒業
独立行政法人国立病院機構大阪医療センター泌尿器科医師

米国ニューヨーク大学細胞生物学臨床研究員
大阪大学医学部泌尿器科学講師
大阪大学医学部泌尿器科学准教授
順天堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科 先任准教授

日本泌尿器科学会 専門医、日本泌尿器科学会 指導医
日本泌尿器内視鏡学会泌尿器腹腔鏡技術認定医、日本内視鏡外科学会技術認定医
日本臨床腎移植学会 腎移植認定医、日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本内分泌外科学会 内分泌・甲状腺外科専門医
日本内分泌学会 専門医
日本性機能学会 専門医、日本生殖医学会 指導医 他

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