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2021/2

看護の本質を揺るがした新型コロナウイルス感染症 折れそうな心を立て直すメンタルヘルスケア

新型コロナウイルス感染症の拡大にともない、心身に不調をきたす看護師が増えています。コロナ禍は、看護師のメンタルヘルスにどのような影響を及ぼしたのでしょうか。多くの看護現場で看護師のメンタルヘルスケアを支援してきた武用百子氏とその理由を紐解くとともに、ストレスを和らげるためのケアについてお話をうかがいました。

武用 百子

和歌山県立医科大学 看護キャリア開発センター副センター長 / 同大学臨床教育准教授 / 精神看護専門看護師

コロナ禍で揺るがされる看護の本質 今考えるべきケアの意味

前編はこちら

新型コロナウイルスの感染が広がる前後で、看護師のメンタルヘルスの問題は大きく変わりました。最も大きな違いは、看護師としてのアイデンティティを揺るがされたという点です。これまで看護師のストレスの原因といえば、主に人間関係や仕事量、重責などでした。しかし、コロナ禍においては、「看護師として当たり前だと思っていたことが全くできない」という未曽有の事態がストレスにつながったのです。

平時であれば、患者さんが「苦しい」と言えば、看護師はベッドサイドでケアをします。「家族に会いたい」と言えば、ご家族をお呼びすることも。しかし、コロナ禍においては看護師もご家族も患者さんに寄り添うことができません。病室に入る機会を減らすため、会話をするにもタブレットやスマートフォンを使います。看護師としては、近くに苦しんでいる患者さんがいるならすぐさま駆けつけたいもの。にもかかわらず、近寄ることもできなければ、顔を合わせて話すこともできないのです。患者さんのケアには、手だけでなく言葉も重要です。その両方を奪われ、看護師のアイデンティティが大きく揺るがされました。

こうした状況下で看護を行うわけですから、ストレス反応も加速しました。これまではストレスの原因が蓄積されるにつれ、不安や孤立感などの反応がじわじわと表出していましたが、コロナ禍においてはすぐにストレス反応が出ます。そのスピード感が、コロナ前後で大きく変わりました。

そこで当院では、看護師のメンタルヘルスを保つため、コロナ病棟で働くほぼすべての看護師と面談を行いました。一人ひとり話を聞くと、みなさんいろいろな思いを抱えていることがわかります。高齢の家族がいるため、ホテル住まいをしながら仕事をする人、組織の待遇に不満を漏らす人、無力感に苛まれる人。そういった看護師に対し、ケアの意味をもう一度紐解くとともに努力や仕事に対する姿勢、成果を認めて評価していきました。そのため、離職者もいませんでした。

 

看護師のメンタルヘルスを維持する4段階のケア

では、ストレスを抑え、メンタルヘルスの不調を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。ここでは4段階のケアについてお伝えします。

①セルフケア

ストレス反応は誰にでも表われるものです。緊張すれば脈が早くなりますし、不安や疲労から食事を摂れなくなったり、眠れなくなったりするのは当然のこと。そんなとき、自分に対して行うのがセルフケアです。例えば胃の調子が悪いときは、脂っこい食べ物を避ける。食事を摂れないときは、栄養補助スナックでカロリーを補給する。眠れない日が続くようなら、メンタルクリニックに相談して薬をもらう。自分の状態を判断し、自分に対して適切なケアを行うことが重要です。また、その日の出来事を看護師同士で話し、ガス抜きをするのもおすすめです。その際、咎めたり叱ったりしてはいけません。ただお互いの気持ちを打ち明け合うだけで気が楽になり、翌日から気持ちを切り替えて仕事に臨めるのではないかと思います。

②ラインによるケア

看護師長、看護主任など、看護管理者が行うケアです。面談などを通して看護師の意見をヒアリングし、職場環境を把握・改善していきます。しかし、コロナ禍においては看護管理者には他に対応しなければならないことが山積みです。また、看護管理者自身も看護師なので、抑うつ状態にあるスタッフを見ると、職場環境の改善ではなく看護を行う傾向があります。そのため、③で関わる産業医、産業保健師がいかにサポートするかがカギになります。

③産業保健スタッフなどによるケア

産業医や産業保健師、臨床心理士などによるケアです。メンタルヘルスケアの実施に関する企画立案、ラインによるケアの支援が主な役割です。

④院外のケア

勤務先以外のメンタルクリニック、地域保健機関などを活用するケアです。

看護師のメンタルヘルスケアを円滑に行うには、これら4つのケアをすべて機能させることが重要です。これまで看護界は、看護師のメンタルヘルスケアを看護管理者に任せきりにしてきました。しかし、看護管理者が看護師一人ひとりのメンタルヘルスケアまで担ってしまうと、肝心のマネジメント業務ができません。そのため、組織内に産業保健スタッフを配置し、しっかり機能させるべきだと考えています。特にコロナ禍では、産業保健スタッフが看護師の相談窓口を設けるなど、より一層のケアが必要ではないかと思います。

職場のメンタルヘルスケアについては、日本は諸外国に後れを取っており、多くの課題を抱えています。例えば韓国では、2003年の大邱地下鉄放火事件を機に、消防防災庁(現・消防庁)が消防士のメンタルヘルスケアのために、消防署内にほっとくつろげる温かいヒノキの部屋を用意したり、カラーセラピーを受けられたり、心理教育の講座を開いたり、さまざま施策を打ち出しています。日本も講習などのソフト面は優れていますが、ハードはまだ十分に整っていません。つらい時にひとりで泣ける場所、心身の調子を整えるストレッチルームなど、メンタルヘルスのセルフケアのために、病院側が環境を整えてもいいのではないかと思います。

また、メンタルヘルスを維持するためには、ツールに頼ることも必要だと感じています。コロナ禍では、産業保健スタッフやコロナ担当外のスタッフが病棟に入り込むのは困難です。しかも、常時マスクをつけているため看護師の表情もわかりにくく、顔色から精神状態をうかがうことが難しいですよね。そこで当院では、コロナ対応にあたる看護師30名に対し、昨秋から試験的にウェアラブル機器を導入し、ストレスチェックを行いました。このウェアラブルデバイスを腕につけると、心拍数によって「リラックス」「興奮」「ストレス」などの情動変化を把握することができます。結果を見ると、やはりコロナ病棟での勤務時にはストレス反応が強く出ました。特にコロナ病棟での夜勤は、ストレス状態が続くという結果が顕著に表れました。今後は結果を分析し、看護師へのフィードバックにも役立てるとともに、コロナ対応のローテーションを組む際にも参考にしたいと考えています。

 

コロナ禍が与えるプラスの影響 改めて見つめ直す看護の原点

コロナ禍では、今までに経験したことのない困難が数多く降りかかってきます。ですが、この経験を乗り越えることは、看護師人生にとって必ずやプラスになるでしょう。私が話を聞いた看護師たちは、みな口をそろえて「コロナ禍で看護の本質を考えた」と言います。直接触れ合うことが難しい中、目の前の患者さんに対して何ができるのか、じっくり考え抜いた看護師も多いのではないでしょうか。これまでは日々の業務に忙殺され、看護の原点を見失っていた人もいるでしょう。コロナ禍は、看護の本質をもう一度考え直す時間を与えてくれたともいえるのです。

また、看護師一人ひとりが自分の心と身体をメンテンナンスすることの重要性にも、あらためて気づかされました。欧米では、看護師の体調管理は自己責任です。そのためセルフケアも確立していますが、日本では多くがラインのケア、産業保健スタッフによるケアに委ねられています。看護師が心身のセルフケアをできるように、私も支援していきたいと考えています。

今、病院で働いている看護師のみなさんは、いろいろな感情を抱えていることと思います。中には、慢性的疲労でつらい思いをしている人、PTSDのような心的外傷体験に苦しんでいる人もいるでしょう。私がみなさんに伝えたいのは、「今抱えている感情は異常事態における正常な反応である」ということです。しかし、苦しみが長く続くときは、専門家に相談してほしいと思います。この1年、医療現場を支えてくれたのはみなさんです。みなさんの努力のおかげで、今があります。苦しくともここまで踏ん張ってこられたことを、周囲の人々と今一度確認しあってください。そして、なんとかこの苦境を乗り越えていただきたいと思います。

武用 百子

和歌山県立医科大学 看護キャリア開発センター副センター長
同大学臨床教育准教授
精神看護専門看護師

1991年、北里大学看護学部卒業。北里大学病院、日本赤十字社和歌山医療センターを経て、2000年、兵庫県立大学看護学研究科修了。和歌山県立医科大学附属病院で精神看護専門看護師として活動を始め、現在に至る。また、2008年より和歌山県立医科大学保健看護学部の精神看護学教員として着任。2018年より現職。著書に『部下を持ったら必読 看護現場のメンタルヘルス支援ガイド』(日経BP社)、『いまどきナースのこころサポート』(メヂカルフレンド社)など。

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