インタビューアーカイブ

2021/8

中国の伝統医学と西洋医学、双方の長所を取り入れた「中西医結合医療」とは

現在、日本の医療現場ではほとんどの場合西洋医学に基づく治療が行われています。一方、中国では伝統医学である中医学と西洋医学を併用し、双方の長所を活かした「中西医結合医療」を行う病院が増えているそうです。日本ではまだ聞きなれない「中西医結合医療」とはどのような療法なのでしょうか。同医療を実践する汪先恩氏に、西洋医学と中医学の違い、「中西医結合医療」のメリットについてお話をうかがいました。

汪 先恩

華中科技大学同済医学院 教授 / 順天堂大学消化内科准教授

現代の多様な病気をカバーするため
漢方を用いた中医学、西洋医学をともに研究

中医学は、漢方を用いる中国の伝統医学です。私は、中国の安徽(あんき)中医薬大学で中医学を学びながら、独学で西洋医学について勉強していました。その後、同済医科大学大学院で本格的に西洋医学を学び、大学院修了後は、同済医科大学中西医結合研究所・付属同済医院で西洋医学を研究しながら、同時に漢方についても研究・臨床を行いました。

中医学だけでなく西洋医学も学んだ理由は、ふたつあります。

ひとつは、昔と違い、現代は中医学だけでは対応できない病気が増えているためです。西洋医学で用いられる化学薬の副作用から生じる病気もあるため、それらの病気を診断・治療するには、西洋医学の知識が不可欠だと考えました。

もうひとつの理由は、患者さんの病気を幅広くカバーするためです。中医学の知識のみでは難病の患者さんをはじめ、診察する症例も狭い範囲に限られます。しかし、西洋医学の知識があれば、より多くの患者さんを診ることが可能です。さらに、西洋医学と中医学を両方学んでおけば、治療にあたって西洋医学と中医学のどちらを用いるか、もしくは両方を用いるべきか、早い段階で判断できます。西洋医学と中医学、両方を取り入れた「中西医結合医療」は、患者さんの治療に大いに役立つのではないかと考えました。

1991年、私は日本に派遣され、最初は金沢医科大学、1993年から医学名門の順天堂大学で消化器系の分子医学研究に従事することになりました。消化器は、口から肛門までつながる管と肝胆膵を含む複数の臓器・器官を指します。中医学から見れば、内臓系のあらゆる病気は、主に消化器から生じます。逆に言えば、消化器が正常であれば狭心症、認知症、Ⅱ型糖尿病、アレルギー、腫瘍などの病気にかかりません。順天堂にてなぜ胃潰瘍になるのか、なぜ肝硬変は治りにくいのか、どうすれば治るのかという消化器の研究を行うことで、私の医師としての視野は大いに広がりました。

 

西洋医学で症状を抑え、中医学で体質を改善する
症状と本質、両方を治療する「標本兼治」の重要性

西洋医学と中医学は特性が異なり、それぞれ長所と短所があります。私は、このふたつをミックスした「中西医結合医療」が有効だと考えています。実際に、中医学の医師を頼る患者さんの多くは、西洋医学による治療では改善が見られなかった方々です。例えば胃潰瘍の患者さんに対し、西洋医学では胃粘膜の保護剤や胃酸を抑える薬を用います。その患者さんにある程度の再生能力があればこの方法で治りますが、そうでない場合は胃に開いた穴がふさがらないこともあります。こうした患者さんには、まず自身の再生能力を回復させることが必要です。そこで効果を発揮するのが、漢方を用いる中医学です。大切なのは、西洋医学と中医学、どちらか片方ではなく、両方を併用すること。それではまず、それぞれの特徴について説明しましょう。

①ミクロ分析とマクロ分析

西洋医学は、患者さんの症状について分子レベルでミクロ分析します。それに対し、中医学は患者さんの状態を全体的に診るマクロ分析です。西洋医学による分析は局所的で、患者さんの体全体のことがそれほどわかりません。局所への手術を行う際には有効ですが、全体的な治療には適さないという短所があります。

②技術と思想

西洋医学は、外科手術や検査といった技術が重視されます。中医学は思想や哲学を重視しています。患者さんを治療するにあたっては、技術と思想の両方が必要です。

③実験と臨床実験

西洋医学は実験を重んじますが、動物実験のデータをそのまま人に適用できるわけではありません。一方、中医学は何千年にもわたり、人が漢方を服用しています。つまり、長年の臨床実験により漢方の有用性、安全性を証明していると言えるのです。

④器質病変と未病・機能性疾患

西洋医学は、器質性の病気に対して有効です。例えば胃の組織に穴が開いた場合、内視鏡を使えばすぐに胃潰瘍だと診断できます。一方、中医学が得意とするのは、「胃がムカムカする」など、病気に至る前の「未病」や機能性疾患です。「未病」の段階では検査を行っても異常が見つからないことが多いのですが、漢方を用いて超早期治療を行うことができます。

⑤対症療法と体質治療

西洋医学は、対症療法です。血圧が上がれば薬を使って下げるなど、データに基づいてさまざまな症状を治療します。とても素晴らしい治療法ではありますが、本質的な治療ではないため、一時的に症状は収まっても何度もぶり返す恐れがあります。それに対し、中医学は体質治療を得意とします。体質を改善すれば、病気が根本から治る可能性が高まります。現在の医療現場における問題は、本来短期的に行うべき対症療法を、長期にわたって行っていることです。西洋医学と中医学を両方用いて、対症療法を行いつつ、体質を変えるための治療も併用すべきでしょう。

⑥病巣重視・治病と全人重視・治人

西洋医学は、病巣治療を得意とします。中医学はひとつの病巣だけでなく、人間全体を治療します。例えばアトピー性皮膚炎の患者さんの場合、西洋医学では皮膚を治療しますが、中医学はアレルギー体質そのものを治療するという考え方です。

⑦技術者と技術者+民衆

西洋医学では、医師、つまり専門性の高い技術者が治療を行います。対する中医学には「養生」という考え方があります。医師が治療にあたるだけでなく、自分自身で身体の調子を整えることができるのです。今では一般的になった生活習慣病も、中医学に由来する考え方。ストレスや睡眠不足、アンバランスな食事などの生活習慣を自分で見直し、「養生」することで病気を未然に防ぐことができるはずです。

私が大切にしているのは、西洋医学と中医学それぞれの長所を活かした「標本兼治」、つまり症状と本質の両方を治療するという考え方です。症状を抑えるために西洋医学の薬を使い、体質を改善するために中医学を用いる。これこそが「中西医結合医療」なのです。

 

「未病」の段階で病気を防げば、健康寿命が延びる
「中西医結合医療」は医療費削減にも効果を発揮

続いて、「中西医結合医療」がなぜ必要なのか、その背景について説明します。

①疾患構造の変化

第二次世界大戦の頃は、戦争により負傷した患者さんが多く、医療現場では西洋医学による外科手術が求められました。しかし戦後しばらくして平和な時代が訪れると、患者さんが抱える疾患の種類も変わってきます。さらに現在は、糖尿病をはじめとする生活習慣病が増え続けています。先ほども申し上げたとおり、生活習慣病は中医学の「養生」により、快方に向かいます。こうした疾患構造の変化により、西洋医学と中医学の両方が求められるようになりました。

②化学薬の副作用

化学薬には、さまざまな副作用があります。例えばステロイドホルモンひとつとっても、十数種類もの副作用を引き起こします。症状を抑えるのに適した化学薬ですが、健康に脅威をもたらしかねないという側面もあるのです。そのため、化学薬だけに頼るのではなく、漢方にも目を向ける必要があると考えています。

③過度分科

総合病院は専門科が細分化され、自分がどの科で診てもらうべきかわからないこともあるでしょう。専門性を高めるのは悪いことではありませんが、過度に分科すると問題が生じることも。例えば私が診た患者さんは、1日に60種類以上もの薬を服用していました。もともと糖尿病だったのですが、合併症により胃や肝臓の状態も悪くなり、神経障害も発症。胃の不調が起きれば内科が薬を出しますし、手足の痛みが生じれば整形外科が薬を出します。その結果、大量の薬を飲むことになってしまったのです。医師や薬剤師の指示どおりに薬を飲みつづけると、今度は新たな薬害が起きかねません。患者さんの体全体を治療する中医学を用いれば、服用する化学薬の種類を減らすことができます。

④未病と機能性疾患の対応

西洋医学の「早期診断」は、内視鏡検査などにより、すでに内臓組織がダメージを受けている状態を指します。これでは、本当の意味で「早期」とは言えません。中医学では、検査しても異常は見当たらない「未病」や機能性疾患に対しても、治療を行うことができます。患者さんの舌を見たり脈を取ったりすれば、現在その人の体がどのような状態にあるのか判断できるのです。それにより、症状が出る前に対応できるのが、中医学の素晴らしい点です。

⑤医療費の急騰

対症療法を行っても、本質的な治療をしなければ何度も同じ病気を繰り返すことになります。逆に、本質的な治療によって病気が治れば、もうその患者さんが通院することはありません。中医学により、体質そのものを改善すれば、医療費の削減にもつながります。

人間の寿命は、本来なら120歳近くあるとされています。しかし、人生において健康な期間も病気の期間もそれほど長くありません。大半の期間は、病気ではないけれど健康でもない「未病」の状態にあるのです。この段階で体質改善して病気を予防すれば、より長い期間を健康に過ごすことができます。西洋医学と中医学を両方用いることで、人類の健康レベルは向上する。そう考え、私は「中西医結合医療」を推進しています。

後編では、「中西医結合医療」によって改善した症例を紹介するとともに、日本における同医療の現状、課題について語っていただきました。

 

おすすめ書籍

「アレルギー体質の改善―中西医学結合の視点から」

著者:汪先恩
出版:アプライ

先進国で急増しているアレルギー性疾患は、数多くの遺伝子と環境要因が発症の原因となることから、その根本的な治療は困難とされています。本書は中西医結合の視点からアプローチした一冊。アレルギーの本質解明に迫ります。

汪 先恩

華中科技大学同済医学院 教授
順天堂大学消化内科 准教授

1961年生まれ。安徽中医薬大学医学部卒業後、同済医科大学大学院(現・華中科技大学同済医学院)で西洋医学を学ぶ。その後、同済医科大学中西医結合研究所・付属同済医院で「中西医結合医療」の研究と臨床に従事する。1991年、金沢医科大学に派遣され、1993年から順天堂大学にて肝線維化の機序、胃粘膜損傷修復の機序について研究。並行して、「中西医結合医療」を実践。体質を改善する漢方サプリメントの開発に携わる。著書に『図説中医学概念-中西医結合の視点から』(山吹書店)などがある。

SNSでシェアする