今や多くの人にとって必要不可欠になっているインターネット。日々増えるアプリやゲームの数はとどまるところを知りません。そこで社会的な問題になっているのが主に10代の子どもに多くみられる、インターネットへの依存。今回は、インターネット依存の専門治療を行う久里浜医療センターの名誉院長・顧問である樋口進氏に、医療従事者はインターネット依存にどのように向き合うべきか、お話をうかがいました。
2022/7
今や多くの人にとって必要不可欠になっているインターネット。日々増えるアプリやゲームの数はとどまるところを知りません。そこで社会的な問題になっているのが主に10代の子どもに多くみられる、インターネットへの依存。今回は、インターネット依存の専門治療を行う久里浜医療センターの名誉院長・顧問である樋口進氏に、医療従事者はインターネット依存にどのように向き合うべきか、お話をうかがいました。
久里浜医療センター名誉院長・顧問 WHO物質使用・嗜癖行動研究研修協力センター長
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インターネット依存の患者さんの初診では、まずはご本人の心身の状態を確認します。心の問題を抱えていないか、なにか合併症を起こしていないかなど、心理的な検査や血液検査などを行います。現時点での状態を確認した上で、ご本人と(ご両親と来院された場合は)ご両親に治療の方向性についてお話をします。久里浜医療センターでは、大きく分けて以下のような治療方法を提案し、患者それぞれに合うものを選んで治療を開始します。
注:外来治療で一番多いのは、医師による通常の診察と心理士によるカウンセリング(個人)の組み合わせです。
3~4人の小さなグループで、認知行動療法のテキストを使用し、「ゲームについて振り返ってみよう」「一日の生活を振り返ってみよう」「ゲーム使用の良い点・悪い点」などのテーマに沿って心理の先生と会話をしながら改善する方法。同じような依存状態に陥っているメンバー同士で、依存の理由や苦しさなどを共有することができる。結果、依存状態の人を客観的にとらえることが可能になる。対人不安感が強い患者の場合は、個別での認知行動療法も行っている。
病院で午前中は体育館で体を動かし、仲間や病院の職員と一緒に昼食を食べながら近況について話し、午後は認知行動療法のテキストを使用したワークを行う方法。外来患者に対しては、毎週水曜日に実施。
おおよそ2ヶ月の入院をする方法。入院中は、インターネット依存はどういうもので、回復するためにどうすればいいのか教育を行ったり、認知行動療法のテキストを使用したり、定期的なカウンセリングを行う。
これらの治療法に共通していることは、依存対象に触れない時間を設けていることです。依存症は「いつでもどこでもできる」ことで悪化しやすくなります。その最たる例がスマートフォン。四六時中持って歩くことができ、トイレやお風呂に持っていく人もいれば、寝るまでベッドの上でずっといじっている人もいます。依存性のあるものはどこかで一旦、物理的に離れることが必要です。
本人の状況や意向を確認しながら、一番合っているデジタルデトックスの方法で、使う時間と使わない時間の折り合いをつけていくことが、インターネット依存から抜け出すためには必要なことです。
基本的にゲームやSNSを含むインターネットの依存は、他の依存と違い、「完全に断つ」ことをゴールに設定しません。理由は、治療対象の大半が子どもだからです。成人の場合、ギャンブルやアルコールなどに依存しているせいで生活がままならないことを患者本人が理解し、改善したいという気持ちで治療を進めるので、依存しているものを完全に断つことが治療目標になります。
しかし、例えばゲームに依存している子どもに対してゲームを一切禁止し、取り上げてしまうと、子どもは理不尽な目にあわされていると感じます。ゲームを断つ必要性を理解できず「ゲームを返せ」「ゲームを買え」とより執着してしまう可能性があるのです。また、強制してしまうことで治療からドロップアウトしてしまうことも非常に多いので、まずは「減らす」ことを目標にします。
ここで重要なのは、減らすのと同時に「減らした時間を何か別のことに当てる」ということです。単純にゲームの時間を減らすだけでは元に戻ってしまうので、例えば部活やアルバイトなど、ゲーム以外の時間を充実させることで、ゲームにかける時間が減少する。そのような状態になれば「改善した」と判断できます。
昨今、インターネット依存患者数は非常に多く、増加の一途をたどっています。2020年11月~2021年1月に実施された「ネット依存・ゲーム障害の治療施設に関する調査」の結果によると、2015年に388人だった新規ネット依存患者総数は、2019年には1162人に増加。4年でおよそ3倍に増えています。しかし、依存する人数の増加に対し、同じく4年間で増えた診察や治療を行っている医療機関は60か所程度。比較的少ないと言えるでしょう。専門機関が近くにない場合、困っているご家族は小児科や児童・思春期の精神科外来に行くこともあります。しかし、インターネット依存について知識がない医者の場合、専門外の相談をされた医者も困ってしまうのです。
今後、インターネットに依存する子どもたちが大幅に減少することは考えにくいので、現状だけでも多くの医療従事者に知っておいていただきたいと思います。必ずしも深く勉強する必要はなく、例えば、最近インターネット依存が増えているということを知っていれば患者さんに寄り添うことができます。また、専門の医療機関があるということを知っていれば紹介することもできます。
医療機関は困っている患者本人とご家族が相談できる大事な場所です。医療機関がサポートできることは限られていますが、今後全国的に数を増やしていき、少しでも治療の質を上げていかなければいけないと思っています。
また、「依存の予防」というのもこれから取り組んでいきたい課題です。インターネット依存に関係しているのは医療従事者だけではありません。例えば、学校教育の中で予防する方法もあるでしょう。その場合、今後は教育関係者、現場の先生方などと協力しながらプログラムを作っていくことが必要になってくると思います。
私が医療従事者に求めることは二つあります。
一つ目は「世の中にインターネット依存があって、社会的な問題である」ということをまずは理解していただきたいということ。社会問題を解決するという意味でも、看護師さんたちには現状を知る、最新の情報を取りに行く、得た情報を周りに広めるなどの役割を果たしていただきたいと思っています。実際に治療に関わっている方でなくても、「インターネットに依存している人がいて、子どもたちに多い症状で、実は結構大きな問題になっている」ということを医療従事者として少しでも多くの人に理解してもらうことで、未来は少しずつ変わっていくでしょう。
二つ目は、実際に患者さんと接する場合、患者さんの置かれている状況や問題をご理解いただいて「寄り添い、見守る」ようにしてほしいということ。医療従事者の中には「指導」をする人が多いのですが、インターネット依存の場合、依存するまでに様々な背景があります。いじめに遭っているとか、友達との関係がうまくいかないとか。発達障がいがある方や、発達障害の傾向がある人もいます。彼らは社会になかなか適用できず、インターネットに逃げ込んでしまいます。その場合、根本的な問題はインターネット以外にあるので、いくらインターネットをやめるように指導しても、本当の意味での改善はできません。
ですので、患者さんやご家族の声に耳を傾けて、寄り添っていくことが最も重要です。本人たちも「変わりたい」という気持ちがあるので、改善するために頑張る患者本人を見守り、支援することが求められます。いろんな角度から患者さんと向き合い、トータル面でのサポートが提供できるよう、依存症の患者さんと接する場合は「寄り添い、見守る」という視点を持っていただきたいと思います。
インターネット依存は、子どもや若者の将来に影響します。インターネットに依存して、勉強しない、学校に行かない、家に籠るという状況は、彼らの将来の可能性を潰してしまうのです。少しでも多くの医療従事者に現状と課題を理解してもらい、困っている人に支援が行き届く世の中にしたいと思っています。
久里浜医療センター名誉院長・顧問
WHO物質使用・嗜癖行動研究研修協力センター長
慶應義塾大学医学部客員教授
1954 年生まれ。昭和54年東北大学医学部卒。米国立保健研究所留学、国立久里浜病院臨床研究部長、同病院副院長などを経て現在に至る。専門はアルコール依存やネット依存、ギャンブル依存などの予防・治療・研究。
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