みんなの広場

2023/11

小林光恵さんの おやすみコラム #013「呼気の音」

小林光恵さんの おやすみコラム #013「呼気の音」

耳が聞こえなくなった母が、自身が発する声も聞こえていないことを思うとせつなくてたまらなかった私ですが――、訪問看護師さんから母の状態について「週単位※」という言葉を聞いたその日に、母は自身の息の音も聞こえていないだろうことに私ははたと気づきました。

心落ち着こうとする時や眠ろうとする時など、折々に私は自分の息の音、とくに呼気音に耳を傾けます。生の実感のようなものを得られるからかもしれません。ちなみに<生きる>という言葉は<息>から派生したという説があるようです。

その音を聞くことができない母の心許なさはいかばかりか。以前よりも母の呼気音が大きくなったのは、口呼吸になったからだけではなく、音は聞こえずとも空気が通る感触を喉で得たいからなのかな、などと思ったりもして。
この日以来私は、母の生をしっかり見届けると同時に聞き届けもしようと意識して、母の呼気音に耳を傾けました。ずっと、はー、だったのが俄かに、ふーーっ、というか細い吐き方に変化した最後の呼気まで。

母は、私の顔や頭を触りながら幾度も「ありがとう」と言ってくれましたが、一度だけ顔に触れるなり「あったかい」と言ったことがありました。私の体温を感じることで、自身の生を実感してくれていたのではないかしら。

こちらの言いたいことは、いつもホワイトボートに文字を書いて母に伝えていました。それゆえ、口頭では恥ずかしくて小さい時から言えなかったひと言を、なぜか文字にはすらりと書けて、それを見せることができたのはよかったです。

※患者さんの生命予後を予測する指標のひとつ

著者/小林 光恵さん
元看護師。著述業。つくば市在住。
エンゼルメイク研究会代表、ケアリング美容研究会共同代表。

看護師、編集者を経て、1991年より本格的に執筆業を中心に活動。『おたんこナース』『ナースマン』など。2023年出版を目標に、ナイチンゲールの子孫が主人公の小説を鋭意執筆中。

<多数のメディアで連載中!>
●小説 『令和のナースマン』
(月刊ナーシング 株式会社Gakken)
●エッセイとイラスト 「アンチヘブリンガン」
(月刊ナーシング 株式会社Gakken)
●コラム 小林光恵の「ほのぼのティータイム」
(Aナーシング 日経メディカル)
●コラム 「ついついやってしまいがちなエンゼルケア」
(Will Friends 日本看護学校協議会共済会)
●ドクターズコラム
(健達ねっと メディカル・ケア・サービス)
など

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