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2025/6

小林光恵さんの おやすみコラム #032「動作緩慢とタイパ」

小林光恵さんの おやすみコラム #032「動作緩慢とタイパ」

高齢による緩慢な動作は、動画をスローモーションにするのとは違い、その速度は一定ではないことが多いです。動作が速まったり遅くなったり、止まってしまったりすることも。
それは、自身の身体と、
<行くぞ><急ぐなよ><ちょっと休むか><まだ大丈夫だ><ほんとか? じゃあ、右足、左足、おい、ちゃんと動いてくれよ>
などと対話しながらのさぐりさぐりの動作だからです。
たとえば、足を止めた途端に膝が崩れてしまった経験があり、それをしっかり記憶している方なら、そうならないよう、自身の身体に問いかけながら懸命に立つ、歩く、などの動作をします。自分が軽々と動けなくなったことが情けなくなったり、いらついたり、くやしがったり、申し訳ないと思ったり、諦念ていねんを覚えたりするなどさまざまな感情とつきあいながら。ひとつひとつの動作が大仕事なのです。

パート先の介護施設での高齢者の動作見守りを通して、それをとても尊く感じるようになり、と同時に、“タイパ”という言葉が気になりはじめました。高齢者の緩慢な動作を否定する価値観のような気がして。
しかし先日、食事をしたホールから居室まで、シルバーカーを押してへとへとになりながら自力でたどり着いたある高齢者が、思わず「お疲れさまでした!」と声をかけた私に、ピースサインを返してくれたのです、満足気に頷きながら。案外タイパ(時間対効果)が悪いわけではないかもしれないと思うことができました。

また、その後、第26回NHK全国短歌大会で特選を受賞した一首、

すきとおる葛餅のやうふるふると母立ちあがる早春(はる)の椅子から  吉田能明

に接して、作者の高齢のお母様が、ゆっくりと、もしかして少し震えながら、椅子から立ち上がるさまが繊細な美しさや愛らしさを放っている様子を想像できる作品で、高齢者の緩慢な動作がさらに貴重に思えてきました。

著者/小林 光恵さん
元看護師。著述業。つくば市在住。
エンゼルメイク研究会代表、ケアリング美容研究会共同代表。

看護師、編集者を経て、1991年より本格的に執筆業を中心に活動。『おたんこナース』『ナースマン』など。

<新刊情報>
ナイチンゲールの子孫が主人公の小説
『ナイチンゲール7世』(イースト・プレス)が発売中!

<多数のメディアで連載中!>
●小説 『令和のナースマン』
(月刊ナーシングキャンバス 株式会社Gakken)
●エッセイとイラスト 「アンチヘブリンガン」
(月刊ナーシング 株式会社Gakken)
●コラム 小林光恵の「ほのぼのティータイム」
(Aナーシング 日経メディカル)
●コラム 「ついついやってしまいがちなエンゼルケア」
(Will Friends 日本看護学校協議会共済会)
●ドクターズコラム
(健達ねっと メディカル・ケア・サービス)
など

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