介護保険内サービスと保険外サービスを組み合わせて利用できる「選択的介護(混合介護)」について、豊島区でモデル事業の準備が進められています。「選択的介護」が広げる介護サービスの新たな可能性について、昭和女子大学の八代尚宏氏にお話をうかがいました。
2017/9
介護保険内サービスと保険外サービスを組み合わせて利用できる「選択的介護(混合介護)」について、豊島区でモデル事業の準備が進められています。「選択的介護」が広げる介護サービスの新たな可能性について、昭和女子大学の八代尚宏氏にお話をうかがいました。
昭和女子大学 グローバルビジネス学部学部長・特命教授 / 豊島区 選択的介護モデル事業に関する有識者会議 会長
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現在、介護業界は介護業務を効率化し、よりよいサービスを提供しようという流れにあります。
もともとサービス業は、サービスの質やアイデアで勝負し、それに見合った対価をいただくという形で発展していく産業です。介護業界でも、質の高いサービスの追求は自然の流れです。
しかし、医療・介護の分野においては、厚生労働省の定めた保険サービスにのっとった一律の質、一律料金でのサービスを提供しています。そのため、価格やサービスの質面での競争が発生することがなく、産業として発展しづらかった分野だと言えます。
介護需要が高まるにもかかわらず、従事者の賃金も上がりにくいという現状は、ここにも原因があると言えるでしょう。
もっとも、この「競争させない」制度は、すべての人が必要な介護を受けるために設けられたものですから、そこは守られなくてはなりません。お金持ちだけによいサービスや介護資源が集中することを防ぐ目的があります。
選択的介護は基礎的な介護の質を担保し、あくまでも要介護者の多様な需要に即した介護サービスを効率的に行うための提案です。介護サービスの時間の範囲内にわずかな追加料金で付帯サービスを行えるように、規制の“緩和”がまず一歩となります。
重要なのは、要介護者(=消費者)が“選択”できる介護であるということ。いたずらに競争をあおるのではなく、あくまでサービスの選択肢を増やすことが目的です。大規模事業所では『介護保険サービスのみを提供するプランの提供』を義務付けるなど、選択的介護を導入する際には、競争が激しくなりサービスの価格が高い水準となり収入の少ない方が必要なサービスを受けられなくなってしまうことは避けなければなりません。
では、介護サービスにおける付加価値とは、例えばどのようなものなのでしょうか。多くの事業所で導入できる、わかりやすい例を挙げると、「予約料」や「指名料」などが考えられます。
その他、付加価値として次のようなサービスにも期待できます。
病院でも長い行列を防ぐために予約料をとることができる仕組みが整っています。
【現状】
訪問介護に来てもらう時間を一方的に指定することはできない。
【選択的介護を導入すると…】
来てほしい時間帯に来てもらうことができる。
美容院では美容師を指定してカットしてもらう際、指名料を支払うことがあります。
【現状】
基本的に同じ人が訪問することにはなっているが、場合によっては別の担当者となる場合も。
スタッフと要介護者・家族の相性が悪かった場合でも、担当者を替えるのは難しかったり時間がかかったりする。
【選択的介護を導入すると…】
毎度同じスタッフに介護してもらえる。
相性のよいスタッフの配置がスムーズに。
また、「腕の良い」「頑張っている」スタッフに指名が多く入ることで、客観的にもきちんと評価され、担当者の報酬としても還元できる仕組みをつくれる。
このような他のサービス業では基本的なサービスを、介護の分野でも設定できるようになれば、介護サービスのサービス提供体系も大きく変わってくるのではないでしょうか。付加価値の方法はさまざまになると考えられます。要介護者にとって気持ちよくサービスを利用できるような仕組みづくりを、2018年開始予定の豊島区のモデル事業を通して考えていければと思います。
選択的介護によりサービスに付加価値をつけることの懸念点として、制度を逆手に取った悪用、つまり業者の押し売りなどが発生すると考えられます。認知症など判断力のない方にどんどん高価なサービスを押し付ける悪徳サービス業者が生まれてこないとは言えません。
ここで重要な役割を担うのはケアマネジャーです。介護事業所が提案した介護サービスの中から、保険外も含めて要介護者にとってどのサービスが必要なのかケアマネジャーが見極め、きちんと「選択」できれば、不要なサービスを提供し不当に儲けようとする事業所を監視することができます。
そのために、ケアマネジャーは保険内外両方のサービスを熟知する必要があります。数多くのサービスの中から必要なサービスを要介護者や家族の意見も聞きながら選択することが、ケアマネジャーの新しい役割となるでしょう。要介護者の現状を看て、さらによいサービスのプランを構築・展開できるのは、ケアマネジャーにとってとてもやりがいがあることではないでしょうか。
選択的介護はニーズに合わせたよいサービスを開発・提供し、介護サービスを高価値化していきます。介護保険財政が厳しく、介護報酬が抑制される下で、事業者やスタッフ本人の報酬が増えなければ、必要な人員が集まらず、職員のモチベーションも下がってしまいます。よいサービスがあるにも関わらず、業界全体に元気がなくなってしまう。
介護産業を発展させていくには、そこではたらくスタッフたちがメリットを得られ、報酬とやりがいの生まれる働き方へ変えていかなくてはならないのです。
現在はまだ豊島区でのモデル事業を計画立てている段階であり、選択的介護の実施にはまだ検討を重ねなくてはなりません。これは政府の国家戦略特区の枠組みも活用して、厚生労働省や高齢者、医療・介護従事者、その町の住民など、あらゆる分野の当事者との調整を重ね、適切なルール作りを進めていきたいと思っています。
昭和女子大学 グローバルビジネス学部学部長・特命教授
豊島区 選択的介護モデル事業に関する有識者会議 会長
【略歴】
1970年
旧経済企画庁入庁
1981年
University of Maryland 経済学博士号取得
1992年
上智大学国際関係研究所教授
2000年
日本経済研究センター理事長
2005年
国際基督教大学教養学部教授
2015年
昭和女子大学グローバルビジネス学部特命教授
2017年
豊島区 選択的介護モデル事業に関する有識者会議 会長
【主な著書】
『シルバー民主主義』(中公新書2016)
『働き方改革の経済学』(日本評論社2017)
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