積極的に現場に出ることで生の声を吸い上げ、
行政、職能団体、現場の一本化を目指す
現在私は、日本介護福祉士会副会長をはじめ、新潟県介護福祉士会会長、また、新潟県の特別養護老人ホーム(以下、特養)「かんばらの里」、「こうめの里」の園長も兼任しています。園長と言いながらも、プレイングマネージャーとして現場に出ながら、ご利用者のケアにも携わります。さらに、最近はケアマネジャーとして在宅介護にも携わっているので、施設ケアと在宅ケアの両方の視点で、介護の現状を見ることができており、とてもありがたく感じています。
私が園長を務める法人には、約270名の職員がいます。全体のマネジメントを行いつつ、精力的に現場にも足を運ぶ理由は、行政機関と職能団体、そして現場の指針や考え方を一本化する必要性を感じているからです。どの業界にも言えることだと思いますが、やはり、行政と現場レベルでは、介護保険制度への建付けや報酬体系、介護人材の育成など、さまざまな場面で多少の温度差がある。だからこそ私は、日本介護福祉士会副会長や新潟県介護福祉士会会長という立場を活用して、介護現場の実情をきちんと国や県に伝えたいと思っています。
昨今、私が注力している取り組みは主に3つです。1つ目は、ターミナルケアやACP(Advance Care Planning :アドバンス・ケア・プランニング※1)といった、終末期のケア。特に最近は在宅ケアでもACPという言葉がよく聞こえてくるようになり、国や自治体も「人生会議」などと称して、「自分の人生をどのように生きたいか」、「人生の最後をどのように過ごしたいか」といったテーマで、自分の一生を考える機会を設けています。私が園長を務める特養や在宅でも、ターミナルケアやACPは大切にしていることのひとつです。
2つ目は、教育構造の整備です。例えば、資格制度ひとつとっても、介護福祉士、認定介護福祉士、キャリア段位、ユニットリーダー研修、認知症実践者研修など非常に幅広い。これから介護職のスキルアップを目指す人にとって、非常にわかりにくい構造になってしまっている現状があります。介護業界全体の底上げのためにも、こうした教育の在り方を整理していく必要性を感じています。
3つ目は、介護の仕事のイメージアップです。介護と聞くと、食事介助や排泄ケアなどがメインの業務と考えてしまう方がまだまだ多い。そうではなくて、介護は「人の命の幅を広げる仕事であり、共に人生を作り上げていく仕事である」ということを、もっともっと伝えていきたい。私は、介護福祉の仕事に一生をかけても悔いはないと思っています。
※1 ACP(Advance Care Planning :アドバンス・ケア・プランニング)
…患者さん本人と家族が医療者や介護提供者などと一緒に、意思決定能力が低下する場合に備えて、あらかじめ終末期を含めた今後の医療や介護について話し合うことや、意思決定ができなくなったときに備えて、本人に代わって意思決定をする人を決めておくプロセス。
新型コロナウイルス感染症との1年で見えた
介護施設マネジメントにおける武器
新型コロナウイルス感染症がまん延し始めたとき、私はまず、職員全体で感染対策の研修を行いました。出勤する職員や面会にくる方には必ず検温をしてもらい、入口にはサーモグラフィを設置して、37.5度以上を感知すれば、施設には入れないようにするなどの対策を考えています。基本的なことばかりですが、介護現場は「いかにして感染源を持ち込まないようにするか」が鍵。介護職員には、職場だけではなく、自分のプライベートな生活空間でも感染予防を徹底してもらうよう呼びかけました。
また、新型コロナウイルス感染症の感染の波に合わせて、その都度対応を変えていきました。第1波、第2波では施設をほぼクローズし、面会もシャットアウト。7月31日に発令された注意報が9月に解除されたことを受け、再び面会をスタートしましたが、今回の第3波を受けて再びストップしています。
特に、第1波のときは、施設利用者のご家族の方から面会制限の理解を得ることに苦労しました。人数を制限したり、小さなお子様や県外からいらした方の面会をお断わりしたりすると、まだまだ新型コロナウイルス感染症の脅威が表面化していない時期だっただけに「どうして家族に会えないのか」と訴える方も多くいました。高齢者への感染のリスクやクラスターの危険性などをきちんと説明し、何とかご理解いただけましたが、会いたくても会えない気持ちを思うとやはり心が痛みましたね。
こうした経験を経て、改めて介護事業所のマネジメントは、とても難しく、責任の問われる仕事だと実感しています。移り変わる情勢を正しくキャッチし、ご利用者や介護職員の家族状況も考えながら、瞬時にさまざまな物事を決断していかなければなりません。彼らの安全を確保することは第一ですが、施設そのものの稼働が落ちれば収入も減ってしまいます。
だからこそ、特にマネジメントに携わる人たちには「知識」と「情報収集」という武器が必要です。新型コロナウイルス感染症関連で言えば、感染予防はもちろん、医療関係との連携や地域の実情などについての情報を集めておくとよいかもしれませんね。学会の論文や公的機関が公開している情報など、きちんとしたエビデンスのある感染予防対策を蓄積しておけば、それが未知の感染症への恐怖を和らげてくれるお守りのような存在にもなります。
今後新型コロナウイルス感染症が落ち着いたとき、「皆無事でよかったね」だけですませるのではなく、未知の感染症が発生すると、現場はどうなるのか、どういった問題が生じるのか、どのような感染対策が効果的なのか。もしものことを想定して、新型コロナウイルス感染症の経験を学びに変えていく姿勢が、マネジメント層には求められるのではないでしょうか。ぜひ、今、現場奮闘している介護職員の皆さんに国民の皆さんから応援をいただきたいと思います。
全てをオンライン化する必要は決してない
“直接会う”ことでしか得られない感情もある
新型コロナウイルス感染症によって、さらに拡大しているのが、オンライン面会や施設見学などの、ICT活用です。自治体によっては、オンライン導入に助成金を設けたりしているところもあるほど、今、日本全体で介護のデジタル化の推進が加速しています。
例えば、介護実習に来ることができない学生さんたちが、オンラインを活用して施設利用者さんと一緒に体操をしてくれたおかげで、いつも利用者さんの運動に駆り出されていた職員の負担が減ったという話も耳にしました。今後学生さんの実習などもICTを活用してできるようになるかもしれません。これから、どんどん技術革新が進んでいくでしょう。
私が園長をしている施設のひとつでも、オンライン面会を取り入れており、施設利用者さんからの満足度も高いと聞いています。うまく取り入れられればとても便利ですし、より効率的に仕事を進めるきっかけにもなるでしょう。ただ、面会に関しては、必ずしもオンラインである必要はないのでは……とも思います。
特に施設の場合、入所前に介護の大変さから壊れかけていた家族の関係が、施設を利用することで修復していくという姿を何度も見てきました。その理由には、家族側が介護をプロに任せることができるようになったということもあるかと思いますが、頻繁にカンファレンスを開いたり、直接会い、触れ合い、話をするなどの面会を重ねることで仲が元通りになることがほとんどです。
しかし、新型コロナウイルス感染症によって、カンファレンスは開けなくなり、オンラインや電話での面会が余儀なくされました。それでもやはり、私たちが感じる以上にオンラインでは伝わりきらないこともあるんですよね。実際に、今までオンラインで面会をしていた方が、窓越しではありましたが直接面会をし、涙を流しながら話す姿をみたことがあります。直接会うことの意義はやはり大きいのではないかと感じざるをえませんでした。だからこそ、施設の構造にもよるかもしれませんが、ご家族には施設に来ていただいて、クリアなカーテンなどを介して面会をしてもらってもよいかもしれませんね。すぐにオンラインに飛びつくのではなく、「直接面会できる方法」を模索してみるとよいのではないでしょうか。
新型コロナウイルス感染症を経て、今後、介護の現場、そして介護そのものの価値はどのように変化していくのか。後編では、今後の介護業界の展望をお聞きしました。