インタビューアーカイブ

2017/1

保健師がつくる「健康な街」。医療データを元にした、地域の保健活動(前編)

日本が抱える「健康寿命の延伸」という課題に対し、期待が高まっているのが保健師によるデータヘルス。国保データベース(KDB)システムを用い、地域住民の医療・福祉におけるさまざまなデータを分析し、ヘルスケア指導に活かし、地域全体の健康への関心を高めていく計画です。保健師によるデータヘルス計画の推進について、日本看護協会の中板育美氏にお話を伺いました。

中板 育美

公益社団法人 日本看護協会 常任理事

高齢になっても健康であるために

長寿国と言われる日本。「平均寿命」が他国と比べて高く、一見、健康な人が多いように感じますが、実情はそうではありません。日常生活に制限なく健康的に生活できる期間を示す「健康寿命」と「平均寿命」の差が、男性は9.13歳、女性12.68歳(平成22年度)と大きく、寝たきりなど「健康ではない状態」の期間が長いことが課題となっています。また、社会保障制度を守るため、医療費の適正化に導くべく、入院医療から地域で支える医療への移行を図ったり、予防医学を推進し、病気になる前の予防戦略を進めていかなくてはなりません。

そのため国では、国民一人ひとりが自分の健康状態を知り、自身で健康を守るというセルフケア能力を高める予防戦略に注力しています。そこで活躍が期待されているのが、地方自治体に所属する保健師です。医療費の適正化に向け、まずは医療や介護を受ける時期を少しでも遅らせ、健康的な生活を1日でも長く過ごすことができるよう導くことが保健師の役割の一つです。

健康寿命の延伸という課題を解決する一つの手立てとして、地域住民の医療・福祉におけるさまざまなデータを用いた保健師によるヘルスケア指導に期待が高まっています。各種データを元にして地域医療を考えていく「データヘルス計画」が今後の日本の健康政策の鍵となるでしょう。日本看護協会でも、データヘルスを重視し、保健師や看護師に向けてデータ活用の推進を図っています。

 

医療保険の利用状況がわかる「国保データベース」システムとは

「データヘルス計画」の一環として、国民健康保険中央会では「国保データベース(以下、KDB)」システムの開発が進められました。KDBには、国民健康保険を利用して医療機関や介護施設を利用した患者の保険料のデータが記録され、特定健診・特定保健指導の結果や、医療・介護サービスの利用などの履歴が集積されています。全国の市区町村の役所に所属する保健師は、担当地区だけではなく他の地域のデータも含めて、KBDのデータを自由に閲覧できます。例えば健診データから高血圧予備軍の人数を把握したり、入院日数の傾向から地域全体の健康状況を知ることができます。さらに他の地域のデータと比較することで、「高血圧予備軍が多い」「30代の健康診断の受診率が低い」「平均入院日数が短い」などといった担当地域の特徴を知ることができます。このデータから客観的に現状を把握し、健康課題を見出だし、地域の健康推進活動の目標を立てることができるのです。

また、過去のデータと現状を比較することで、住民の健康状態の推移を把握できるため、地域で取り組んだ健康推進活動の評価にもつながります。活動がどのように影響したのか、健康状況が好転したかどうか、数値による客観的な基準で判断することが可能となります。

これまでは、保健師自身がデータを蓄積して、分析する必要がありました。とてつもない労力を要していたと思いますが、このデータベースを活用することによって、全国のデータを保健師誰もが利用しやすくなったのは大きな強みです。

しかし残念ながら、KDBシステムを活用しきれていない市区町村が多いのが現状です。原因の一つに市区町村内の部署連携ができていないことが挙げられます。データは、各自治体の国保担当部署が所有していますが、保健師は健康増進課などの他部署に所属していることが多く、同じ役所内にいるにも関わらず、KDBシステム自体を知らない、または活用できていないケースが多いのです。一方、国保対象者の健康相談の窓口として対応し、種々の相談に臨機応変に応じたり、保健事業を実施しているのは、保健部門にいる保健師なのです。そこで現在、各部署が連携を取り合い、データをきちんと活用しようという動きが広まっています。データに基づいて保健活動を行えば、住民の健康状態の把握はもちろん、重点的に対象とすべき年代や疾病予備軍が見えやすく、活動にこれまで以上に根拠をもたらすことができますし、施策実施後の客観的な評価もしやすくなるでしょう。

データ利用の注意点

KDBに集積されるデータの対象者は、国民健康保険の加入者、つまり自営業者や退職者が主となるため、日本の人口の約30%にとどまります。すなわち、KBDのデータのみで地域全体は見えません。国保以外の健康保険加入者である、会社勤めの方のデータは含まれないので、こうした働き世代を含めた健康課題を見つけるためには、KDB以外のデータを収集する必要があるので注意しましょう。

 

データから読み解く地域の健康課題

それでは、地域の健康課題を見つけるためのKDBのデータの利用方法をご紹介します。

STEP1 自分の地域の健康状況を知る

地域の現状を把握しましょう。都道府県、および市区町村別に平均寿命・健康寿命と死因別死亡状況、および年齢調整死亡率(SMR)のデータを確認します。
SMRとは、人口構成が基準人口と同じだったら実現されたであろう死亡率、特定の病気の死亡率を示す数値。例えば、A区では脳卒中のSMRが高いとデータに出たとすると、A区には脳卒中で亡くなる方が多く、脳卒中の要因となるリスクを抱える方が多いと考えられます。

STEP2 死因別死亡の状況を踏まえ、医療状況を確認する

地域の医療状況を確認してみましょう。医療費の利用歴を調べれば把握できます。同じく脳卒中を例にしますと、脳卒中で受診した患者の入院・外来別の医療費をKDBで調べ、リスク因子を見つけます。

STEP3 他の地域と比較してみる

KDB内に蓄積された他の地域ともリスク因子を比較してみましょう。個人ではなく、市民全体のリスク因子が見えてくるかもしれません。

STEP4 地域の生活習慣を考える

見出したリスク因子は、その地域の風土や生活習慣の特徴が要因となっている可能性があります。例えば、東北各地や沖縄県ではアルコールの摂取量が多かったり、海沿いの街では干物をよく食べ塩分摂取量が多い、などといった特徴です。保健師はこれらの生活習慣をも取り入れて、健康課題を解決していかなくてはなりません。
※詳しくは、後編でご紹介します。


後編では、自分の地域で課題をどのように解決していくべきか、考え方の流れについてお伝えします。

中板 育美

公益社団法人 日本看護協会
常任理事

【略歴】
1989年
東京都で保健師として活動を開始
1999年
国立保健医療科学院(当時国立公衆衛生院)専攻課程修了
2004年
国立保健医療科学院生涯健康研究部 上席主任研究官
2012年
日本看護協会常任理事

Key wordsキーワード

SNSでシェアする