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2025/10

小林光恵さんの おやすみコラム #036「人生で一番ときめいた日」

小林光恵さんの おやすみコラム #036「人生で一番ときめいた日」

昨年の秋、看護学生のA君は、臨地実習先の介護施設Pで3日間だけ、門脇芳郎さん(91歳)を受けもちました。口下手なA君は無口な門脇さんとほとんど会話ができず、受けもち2日目にあせったA君はふと思いついて「これまでの人生で一番ときめいた日は?」と門脇さんに質問しました。
だんまりだった門脇さんですが、3日目の帰りの挨拶をしたA君に「8月29日」と一言。「それはどんな日だったのですか?」とたずねても応答はありませんでした。
このやりとりを、夕方のカンファレンスでA君が報告すると、同席した介護施設Pのナースが以下のような説明をしてくれました。

門脇さんはいつからか毎年8月29日に花を居間に飾るようになり、自身で買いに行けなくなってからは、妻の富子さんや娘さんに頼むように。2人はその日が何の日なのか不可解なまま買いに行っていたそうですが、ある時、書斎に昔から貼ってある映画「カサブランカ」のポスターをヒントに、芳郎さんが大ファンの女優、イングリッド・バーグマンの誕生日と命日が8月29日だと知った娘さんが、それかもしれないと思い母親に話しました。以来、富子さんはその花を買いに行かなくなり、また、あきらかに芳郎さんに冷たくなったのだとか。

「違う意味があるように思います。いくら推しでも、その人の誕生日や命日に人生で一番ときめいた、というのはおかしい気がします。きっと、きっと、他の意味があります」
A君のこの発言がきっかけとなり、娘さんが古いアルバムを丹念に見直したりしてみたところ、8月29日が、芳郎さんと富子さんのお見合い日、つまりはじめて出会った日だったことがわかり、娘さんが、芳郎さんに確認すると彼は否定しなかったそうです。
そして今年の8月29日には、娘さんではなく妻の富子さんが花を買いに行ったのだとか。

 

著者/小林 光恵さん
元看護師。著述業。つくば市在住。
エンゼルメイク研究会代表、ケアリング美容研究会共同代表。

看護師、編集者を経て、1991年より本格的に執筆業を中心に活動。『おたんこナース』『ナースマン』など。

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