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2024/9

小林光恵さんの おやすみコラム #023「花の名は尋ねるためにある」

小林光恵さんの おやすみコラム #023「花の名は尋ねるためにある」

二人暮らしの志郎さん・明恵さん夫妻(ともに80歳)は、近所の住宅街や川沿いの土手の散歩が何よりの楽しみ。道々出会う花の名を夫が尋ね、妻が答え、そして二人して同時にその名を発声することが、おはようの挨拶のようにいつものことでした。

そんなある日、明恵さんが転倒骨折で入院しその間に認知症が進行。その後移った介護老人保健施設Aで彼女は不穏気味の日々です。志郎さんより夫婦の散歩の流儀について聞いた永田夕美さん(Aの相談員)は、明恵さんを施設の中庭(ちょうど花の時期の萩がある)に車椅子で連れ出しましたが、明恵さんは実につまらなそうで、花の名を尋ねた永田さんに対しては無視。

いつもの散歩道の花がよいのではないか、と考えた永田さんは、志郎さんに撮影して届けてもらい、それを見てもらって花の名を尋ねてみてもだんまり。永田さんではなく他のスタッフに変わっても同じでした。
何故だろうと、他のスタッフにも相談しながらあきらめずに考えた永田さんは、志郎さんの言葉「妻は誰かに花の名を尋ねられて答えるのが大好きなんですよ」の一部に違う本当があるのでは、と思い行動しました。

Aは感染対策の徹底で現在も間接的な面会法です。志郎さんはAのロビー、明恵さんは自室で、タブレットでの動画通話面会がはじまりました。
「明恵ちゃん、この写真、見える? これの名前は?」「セイタカアワダチソウ」
Aに入所以来、明恵さんがはじめて笑顔を見せました。誰か、ではなく志郎さんに問われて答えるのが大事な点だったようです。
二人はタブレット越しでも、花の名を一緒に声にするタイミングがピタリ合っていたそうです。

「もう少しこの仕事を続けてみよう、と思わせてくれた出来事でした」と永田さんが話してくれました。

著者/小林 光恵さん
元看護師。著述業。つくば市在住。
エンゼルメイク研究会代表、ケアリング美容研究会共同代表。

看護師、編集者を経て、1991年より本格的に執筆業を中心に活動。『おたんこナース』『ナースマン』など。

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●コラム 「ついついやってしまいがちなエンゼルケア」
(Will Friends 日本看護学校協議会共済会)
●ドクターズコラム
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