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2020/1

増加する外国人患者さんにどう対応する? 看護師による「コミュニケーション」がトラブルを防ぐ鍵

2018年度の訪日外国人は約3,120万人(日本政府観光局)、長期滞在する在留外国人は約273万人(法務省)と、それぞれ過去最多を更新。今夏には東京オリンピック開催を控えており、医療機関では外国人患者さんの受け入れ体制の整備が喫緊の課題となっています。言語や文化が異なる外国人患者さんの増加によって、医療機関ではどのような問題が起こり得るのでしょうか。外国人患者さんの受け入れを先進的に進めている、東京医科歯科大学医学部附属病院 国際医療部の副部長、医療コーディネーターの二見茜氏に、トラブルを未然に回避するために必要な対策や考え方をお聞きしました。

二見 茜

東京医科歯科大学医学部附属病院 国際医療部 副部長
医療コーディネーター

航空会社勤務から看護師、そして医療コーディネーターへ
日本でもできる「国際看護」のもう一つの形

私が医療の道を志したのは、海外旅行でさまざまな国を訪れるうちに、貧富の差や不十分な医療サービスが目につくようになったことがきっかけです。海外で人の役に立つ仕事がしたいと、26歳のときに看護大学に入学しました。

大学卒業後、新宿区の病院で、看護師として外国人患者さんに対応し、「国際看護は日本にいてもできる」と強く実感。外国人患者さんをサポートする医療コーディネーターとして新たなキャリアをスタートしました。
働きながら、東京医科歯科大学の修士課程で医療経営や医療政策を学び、修了後の2018年4月、同大学医学部附属病院に国際医療部が発足したのを機に移籍しました。

現在は、外国人患者さんやそのご家族のサポートはもちろん、看護学生に国際看護の講義を行うなど、外国人診療に対応できる人材育成にも力を入れています。

 

外国人患者さんの対応で起こりやすい「未収金」トラブル
ポイントは「早期発見・早期介入」

医療コーディネーターの仕事は、医療通訳の手配や調整、医療費の支払いに関する相談対応、海外旅行保険に関する手続き、文化や宗教の違いに配慮した対応、在留資格・ビザに関する相談など多岐にわたります。
そんな中でも、起こりやすいトラブルが医療費の未払いです。旅行など短期滞在の外国人患者さんは、日本の健康保険に加入できませんので、自費診療となり、医療費が高額になります。また、日本の医療機関では、診察や検査が終わって会計に行くまで、いくらかかるのかわかりません。海外では、治療や検査にかかる費用を前払いするのが当たり前ということもありますし、公立病院の医療費が無料の国もあります。国によって医療制度が異なるので、早めに医事課などと相談して予想される医療費の概算金額を提示することが重要です。

支払いに関するトラブルを予防するためには「早めにお金の話をしておくこと」です。
例えば、救急の外国人患者さんが緊急手術になった場合、我々医療コーディネーターも医師の説明を一緒に聞くようにしています。そして、手術の内容や入院期間などが分かったらすぐに医事課に伝えて医療費の概算を出してもらい、早めに患者さんのご家族に伝えるようにしています。

そのノウハウをわかりやすく伝えるために、ビザの有無や旅行保険の加入状況から未収金リスクを素早く判断する「未収金トリアージ」を作成しました。医事課やソーシャルワーカーと連携しながら、早めに医療費の相談を行っています。早期発見、早期介入、そして多職種連携で取り組むことも未収金対応のポイントです。

▲未収金トリアージ表 迅速な対応や特別な配慮が必要な状態が来院時に把握できる
(二見茜:看護展望,メジカルフレンド社,2019,Vol.44 no.2,158-161を改変)

 

外国人だから、医療費の支払いができないからと言って、診療拒否はできません。ただし、早めに介入し、支払い方法を相談すること、医療通訳を介して患者さんが理解できる言語でコミュニケーションをとり、日本の医療制度や病院のシステムを説明することで、未収金が大幅に減少しました。その方法をわかりやすくマニュアルにしたのが、未収金トリアージです。

私は医療コーディネーターとして、異国の地で病気や怪我をして不安な気持ちを抱えている外国人患者さんが、円滑に治療を受けられるようサポートしたいという思いで業務にあたっています。

その一方で、医療スタッフ側をサポートすることも重要な仕事だと思っています。言葉や文化の違いから起こる医療現場で起こるすれ違いは、医療スタッフにとってもリスクが大きいものですが、医療コーディネーターが間に入ることで解決することがほとんど。外国人診療に伴う業務負担を軽減して、すべての医療スタッフが自分の仕事に集中できるようにすることも、医療コーディネーターの大事な役割です。

 

医療通訳サービスを上手く活用し
患者さんと医療従事者間のコミュニケーションをより円滑に


▲医療通訳タブレット

外国人患者さんと接するとき、最も困るのが言葉の壁でしょう。特に医療現場では、少しの認識のずれが命に関わることもあるため、どうしても身構えてしまいますよね。そんなときに活用していただきたいのが、医療通訳です。

当院に来院する外国人患者さんはひと月に約500人。アジア各国を中心に、観光客や留学生、技能実習生を含む労働者など国籍や立場は多種多様です。日本語も英語も話せないという方が大半で、通訳が必要な言語としては中国語が最も多く、ベトナム語、タガログ語、ネパール語と続きます。英語と中国語の場合は我々スタッフが対面で対応し、それ以外については、24時間18言語に対応可能な遠隔医療通訳サービスを活用しています。基本的にはビデオや電話での対応になりますが、手術の内容など重要な説明をする場合は、登録している医療通訳者に来院してもらい、対面で通訳するようにしています。

医療通訳は専門職の一つで、「守秘義務や倫理を守る」、「医療の専門用語を理解している」など、語学力が堪能なことはもちろんですが、専門的な知識やスキルが必要なため、医療通訳の専門のトレーニングを受けた人でないと務まりません。患者さんが家族や友人を通訳として連れてくるケースもありますが、例えば、深刻な予後に関わる説明をする場面では、どうしても感情が入ってしまい、平常な気持ちで通訳することが難しくなるでしょう。医療用語は難しいので、わからない単語を飛ばしてしまったり、情報を選択して伝えていたとしても、医療スタッフにはわからず、後から「副作用の話は聞いていない」など、説明したことが正確に伝わっていないことでトラブルに発展する可能性もあります。医療通訳は患者さんへのサービスであると同時に、医療安全の担保、医療スタッフをトラブルや訴訟から守るという意味合いもあるのです。

注意していただきたいのは、患者さんが日本語で日常会話ができても、医療に関する専門的な言葉を完璧に理解できるとは限らないということです。国によっては医師の地位が高く、患者さんが話しかけるのは失礼だと思っている方もいて、理解していなくても頷いたり、質問せずにいたりと、本当に理解できているのかがわからないこともあります。

在留・訪日外国人の急増によって、これまで外国人を受け入れる機会のなかった病院でも外国人患者さんが受診することになるでしょう。沖縄県や愛知県では県内の全医療機関に医療通訳サービスを導入するなど、すでに外国人診療に向けた取り組みが進んでいます。また、医療機関が予算をとって、医療通訳サービスを導入するケースも増えています。
しかし、便利なツールを導入しても利用件数が少ないという悩みをよく聞きます。当院も医療通訳の導入当初は利用件数が少なく、医療通訳の必要性を理解して活用してもらうまで時間がかかりました。

そこで、私たちは看護部に協力を仰ぎました。わかりやすく使い方を書いたポスターを作成してナースステーションに貼ってもらったり、看護師長会に参加し、医療通訳サービスがあることや使い方を説明しました。そうしたことをきっかけに、看護師長が使い方を現場に周知してくれたことで普及し始め、現在は医療通訳用のタブレット端末を5台に増やすまでになりました。

 

完璧でなくても、話そうとする姿勢は相手に伝わる。
看護師こそ積極的にコミュニケーションを

言葉や文化が異なる外国人患者さんに対して、どのようにインフォームド・コンセントをとって治療を進めていくのか。こうしたことは、これまで大学の授業でも教えられてきませんでした。だから今、増え続ける外国人患者さんを前に多くの医療従事者は困っているのだと思います。

私は、外国人患者さんに対応するうえで最も大切なのは、コミュニケーションだと思っています。事実、当院ではコミュニケーションを工夫したことで、未収金がほぼゼロになりました。そんなに難しいことではありません。少しのコツをつかめば、どこの病院でもできることだと思っています。そこで、うまく活用していただきたいのが「やさしい日本語」です。

「やさしい日本語って何?」と思われるかもしれませんが、実は、看護師は日頃から「やさしい日本語」を使っています。例えば、小児患者さんや高齢の患者さんに説明するとき、よりわかりやすいように、言葉を短く区切ったり、理解しやすい言葉に変えたりと、工夫しながら説明しますよね。そうした工夫が「やさしい日本語」です。看護師はわかりやすく説明することに慣れていて、コミュニケーションが上手ですよね。患者さんにとって看護師は一番身近な存在であり、看護士がコミュニケーションをうまく取れると周りの医療スタッフも大いに助かると思うんです。

外国人患者さんだと、ナースコールが鳴っても病室に行くのを少し躊躇してしまったりすることもある、というお話を聞いたこともあります。しかし、英語が完璧にできなくても、一生懸命話そうとする姿勢は相手に伝わりますし、挨拶をしてもらえるだけでも患者さんはうれしいものです。例えば、患者さんの名前が発音しにくい場合は、「何と呼べばいいですか?」と聞いてニックネームを教えてもらったり、患者さんの母国語での挨拶の仕方を教わったり。外国人だからといってコミュニケーションをとることを諦めないでほしいですし、必要以上にかまえず、どんどん話しかけていってほしいと思います。

看護の知識を活かしながら、日本でいろいろな文化やルーツを持つ患者さんのサポートをすることも国際看護の一つ。外国人のための看護が看護師のキャリアの一つになればいいなと思っています。


後編では、外国人患者さんの受け入れ体制の整備を行う上で配慮すべきことやその手順をご紹介します。

二見 茜

東京医科歯科大学医学部附属病院 国際医療部 副部長
医療コーディネーター

【経歴】
2013年3月
聖母大学看護学部(上智大学人間科学部看護学科)国際看護学専攻卒業
2018年3月
東京医科歯科大学大学院修士課程医歯学総合研究科医療管理政策学卒業
2013 年4月-2018年3月
国立研究開発法人国立国際医療研究センター
2018年4月-現在
東京医科歯科大学医学部附属病院 国際医療部

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