看護記録の音声入力で業務を効率化 超過勤務を減らし、やりがいのある職場環境に
2022/12/08
私たちの働き方改革
2022/9
左 :看護師長 小松 由己 さん ※2021年4月よりPICU
中央:副看護師長 クリティカルケア認定看護師 特定行為研修修了者 新井 朋子 さん
右 :看護師長 猪瀬 秀一 さん ※2021年4月より精神科へ異動
日本看護協会が開催している「看護業務の効率化先進事例アワード」で、2021年の最優秀賞に輝いた東京都立小児総合医療センターの小児集中治療室(以下、PICU)。診療補助業務や特定行為の実践により医師と看護師間のタスクシフトを行い、業務時間の削減や効率化などに成功しています。取り組みのきっかけやその成果、また現在の取り組み状況について、活動を中心的に進めた3名の看護師さんにお聞きしました。
初回掲載日:2021年12月20日
情報更新日:2022年9月30日
小松
最優秀賞をいただいた取り組みの先駆けとなったのは、2013年から行っていた薬剤科と看護部間のタスクシフトです。PICUは、一般病棟と比べ投与する薬の種類が多く、多いときには約20種類もの持続点滴を作ります。1日がかりで薬剤を調整し、多数の処置も行う中で、ベッドサイドケアといった「看護師としてのケア」がまったくできていない現状に大きな課題を感じていたのです。
そこで、まずは患者3名分からタスクシフトを開始しました。結果的に2017年には、日曜祝日以外の全患者の持続点滴作成業務のタスクシフトが完了し、平日で約1.5人分の看護師の業務削減に成功したのです。
新井
次に私たちの目についたのが早朝から夜間まで懸命に働く医師の姿でした。医師の業務量の多さは、看護師が医師の処置や指示を待つ時間の延長につながり、患者さんのためにも「薬剤科へのタスクシフトで確保できた時間を活用して、医師から看護師へのタスクシフトを実践しよう」という話が持ち上がりました。
新井
今回の取り組みが動き出すきっかけとなったのは、私が2019年に特定行為研修を受講したことです。当初は特定行為の実践でのタスクシフトを考えていましたが、先生方と話し合いを重ねる中で、現段階で取り組むべきことが見えてきました。そもそも特定行為の研修修了者が私一人しかおらず、実際のタスクシフトには至らないということ。また、医師が最も手をかりたいのは診療の補助業務であること。さらにいえば、小児の特定行為は成人と比べて難易度が高いため、診療補助業務ができるようにならないと、特定行為を進めていくには困難であること。こうした点を踏まえ、まずは「PICU看護師による診療補助業務のタスクシフト」を実施し、並行して「特定行為研修修了者による特定行為実践と指導」に取り組むことになりました。
診療補助業務内容の選定には、特に3つの基準を重視しました。1つ目は患者さんの安全性の担保、2つ目はより質の高いケアを提供できる、つまり患者さんの利益につながること、3つ目は医師と看護師の業務効率化が実現できることです。これらを踏まえ、現在実践可能な業務として①動脈ラインポートからの採血 ②中心静脈/動脈ライン圧ライン交換 ③気管内チューブ固定テープ交換のタスクシフトが決定しました。
2020年6月には、猪瀬さんや主任、現場スタッフを含めた7~8名でプロジェクトチームを立ち上げ、2つの取り組みを本格的に実施するための準備を重ね、7月から本格的にスタートしました。
特定行為は、先んじて6月から「気管チューブの位置調整」を実践し、7月には呼吸器関連4行為を医師指導のもと行いました。
新井
タスクシフトは医師との信頼関係のもとに行われますから、実際に手技を行うスタッフがきちんとできなければ、任せてもらえなくなると思っていました。だからこそ、実施方法や計画は綿密に、私自身が自信をもてるようになるまでしっかりと考え、作り込みました。
取り組み実施者側には規定を設け、「小児の集中治療に携わる看護師のクリニカルラダー(※1)」のⅣ(幅広い視野で予測的判断をもち看護を実践する)以上のレベルのスタッフのみ、実施可能としました(※2)。これも安全性を確実に担保するための判断です。さらに、効率的な指導を行うために、医師の手順書をもとにしたオリジナルのマニュアル、指導者や医師による技術チェックを受けるための指導チェックリストを作成。また、手技の手順を確認できる動画を集中ケア認定看護師のスタッフが作ってくれました。3分ほどの長さで気軽に見ることができますから、スタッフの学習にも役立ったのではないかと思います。
※1 日本看護協会、日本集中治療医学会看護部会のラダーを参考に作成されたラダー
※2 2022年9月時点では、安全性が担保されたことを受け、実施可能レベルをⅢ―Ⅰに変更
▲手順を学べる約3分の動画を作成
猪瀬
ほとんどのスタッフが前向きに取り組んでいましたが、「これは医師の仕事ではないか」という反応もゼロではありませんでした。そうしたスタッフには、強引に押し付けるのではなく「あなたはこうした業務ができるレベルにいるということだよ」とプラスにとらえてもらえるような伝え方をしました。
新井
勉強会も実施しましたよね。私たちがタイムリーに気管内チューブ固定テープ交換を行えば、医療関連機器圧迫創傷(以下、MDRPU)の発生率を減らすことができるはずだと伝えました。恥ずかしながら、気管内チューブ固定テープ交換を実施する前のMDRPUの発生率は、66%(※3)と非常に高かったのです。こうした現状に加えて、看護師がテープ交換に対応できれば、交換時に口腔ケアを行うことができることも伝えました。「患者さんにとっても、自分たちにとってもよいタイミングに口腔ケアができ、MDRPUも予防できるなんて最高じゃない?」とお話しすると、後ろ向きだったスタッフも納得して取り組んでくれるようになりました。
猪瀬
こうしたMDRPUの発生率や動脈ラインポートからの採血数などの情報を、スタッフステーションに設置しているディスプレイを使ってリアルタイムにフィードバックしていました。自分たちの現状を知ってほしかったですし、目に見える形でないと達成感を得にくいのではないかと思ったからです。データを見た先生方が、「助かるよ」と私たちに声をかけてくれたこともあり、スタッフのモチベーション向上にも大きな効果があったと思います。
※3 集計期間:2020年4月~6月
<計算式> MDRPUインシデント件数/5mm以上の挿管チューブ使用数
▲スタッフステーションの大型サブディスプレイにMDRPUの発生率や動脈ラインポートからの採血数などを表示
新井
数値的な成果として、診療の補助業務のタスクシフトで年間181.9時間の医師の業務時間削減を達成しました。特定行為は、「気管チューブ位置の調整」や「人工呼吸管理がされている患者への鎮静薬の投与量の調整」など計12行為を実践し、トータルで239時間の医師の業務時間削減を実現しました。診療の補助業務と特定行為実践で、合わせて約420時間削減できたことになります。
タスクシフトにより、課題の1つでもあった看護師の医師を待つ時間が減り、約8割の看護師が、取り組み後のアンケートで「タイムリーな処置を患者に提供できた」と回答しています。また、取り組み前に66%あったMDRPUの発生率は、20202年11月時点で16.6%まで減らすことができました。さらに、看護師の超過勤務時間の削減にも効果があり、2018年度には一人あたり3.4時間/月だった超過勤務時間を2020年度には2.0時間/月まで減ったのです。
新井
取り組み開始から約2年、現在も同じく診療補助の3つの業務のタスクシフトと、特定行為を実践していますが、少しずつタスクシフトの幅も広がっています。例えば、動脈ラインポートからの採血は、変わらずラダーを満たした看護師が行っていますが、採血後の血液ガスの測定作業を、ラダーⅠ、Ⅱレベルの看護師に任せています。
小松
血液ガス測定作業をお願いすることになったきっかけは、新型コロナウイルス感染症患者さんの受け入れ人数が増えてきたことでした。採血対応をした看護師が、防護服を脱ぎ隔離室から出て、採血後血液ガス測定に行くことが患者さんから離れなければいけないことや業務効率の悪さにつながっているとの報告もあり、何とかスリム化できないかと考えたのです。
新井
PICUは使用する薬の量も多いですし、病棟が3階にあり、薬剤科がある地下1階まで行って薬の補充をするだけで、長い時には約30分は現場を離れなくてはなりませんでした。管理者にあたる看護師たちにとっては、本当に助かっていると思います。
小松
取り組みを通して、現場のスタッフの意識は確実に向上していると感じます。タスクシフトの実施にはラダーのレベルに達する必要があるため、そのレベルを目指してがんばっているスタッフもいますからね。現場全体のモチベーションアップにも非常に効果的な取り組みだったと感じています。
猪瀬
私は2021年4月にPICUから精神科に異動となったのですが、新井さんと一緒にラダーを作った経験を活かし、精神科の看護師のラダーを作ろうと今動き始めています。PICUのように、すぐにタスクシフトやシェアにつなげることは難しいと思いますが、看護師のモチベーションにつながるのではないかと期待しています。
新井
私は、看護師の「帰宅への意識」も高まったと感じています。看護方式のパートナーシップナーシングシステム(PNS®)の取り組みを始めたことも関わっていると思いますが、一人だけ残って作業をしている人が本当にいなくなりました。
また、先ほど猪瀬さんもお話されていましたが、タスクシフトを叫んでいた当時は、「医師がやる業務だ」という看護師側の意識が強かったんですよね。しかし、ここ最近は、看護師に自信が芽生えてきていることを感じています。「これが患者さんにとってよいことにつながるのだ」ときちんと理解し、行動してくれるスタッフが確実に増えているのです。
この波を機に、どんどん補助業務内容もアップデートし、広げていきたいですね。実際、今も③気管内チューブ固定テープ交換の基準を、取り組みを始めてから約1年が経過したところで、5mmから4.5mmに下げてもらいました。現在はさらに4.5㎜から4㎜に下げられないかと医師と相談しています。これまで通り、無事故で行える方法を模索している状況です。焦らず、ゆっくりでもいいから安全に、先生方との信頼を築きながら、いつか、成人では当たり前に行っている技術を小児でもできるようにすることが目標です。
施設名 | 地方独立行政法人 東京都立病院機構 東京都立小児総合医療センター |
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住所 | 〒183-8561 東京都府中市武蔵台2-8-29 |
開設 | 2010年3月 |
病床数 | 561床(一般347床、結核12床、精神202床) |
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