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2025/11

小林光恵さんの おやすみコラム #037「経管栄養の方に配茶?」

小林光恵さんの おやすみコラム #037「経管栄養の方に配茶?」

某住宅型有料老人ホームの一室で鳳よう子さん(84歳)が、ベッド上に仰向けになり、入口ドアを見つめています。介護スタッフのRさんが、なんとなくやってくる気がして、彼女を待ち構えているのです。

昨日、お茶を注いだ茶碗を手にRさんが入ってきて、サイドテーブル上にお茶を置いて言いました。
「よかったら、配茶の時間に鳳さんにもお配りし、お茶の香りを楽しんでいただけたらと思いまして。いかがでしょう」
鳳さんは、目を丸くして1分近くRさんを見つめたあと、手のひらを左右にひらひらと動かしました。ノーの意味として。
「承知しました。では、もし気が変わった時にはおっしゃってくださいね」
鳳さんは、一年ほど前から経管で栄養をとっています。また、構音障害があり、声を発しても相手に伝わらないことが多くてもどかしく、身振り手振りで受け答えするのが常になっています。
Rさんが退室したあと、鳳さんは心配になりました。ノーの手振りは、飲めない私がわざわざ配っていただくのは申し訳ない、という意味だったのに、目の前に置かれると飲めないことが辛くなるから嫌だ、というふうに受け取ったのではないか、と。

鳳さんは、予感通りやってきたRさんに、これからはお茶をぜひサイドテーブルに置いてほしいと伝えました。
その後、定期的に運ばれてくるほうじ茶の香りや室内にじんわり広がるお茶のぬくもりを、鳳さんは、毎日、堪能しているそうです。お茶を配る提案をしてくれた時、鳳さんが目を丸くしてRさんを1分近く見つめることになったのは、彼女がずっと昔にナースだったころ、容態が思わしくないある患者さんに「食べられない俺の代わりに○○屋のしょう油ラーメンを目の前で食べてくれないか」と頼まれて、結局そうしたことがあったことと、その時の患者さんの満足そうな表情やあの時のラーメンの香りを急に思い出したからでした。

 

著者/小林 光恵さん
元看護師。著述業。つくば市在住。
エンゼルメイク研究会代表、ケアリング美容研究会共同代表。

看護師、編集者を経て、1991年より本格的に執筆業を中心に活動。『おたんこナース』『ナースマン』など。

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(イースト・プレス)
●小説 『令和のナースマン』
(月刊ナーシングキャンバス 株式会社Gakken)
●エッセイとイラスト 「アンチヘブリンガン」
(月刊ナーシング 株式会社Gakken)
●コラム 小林光恵の「ほのぼのティータイム」
(Aナーシング 日経メディカル)
●コラム 「ついついやってしまいがちなエンゼルケア」
(Will Friends 日本看護学校協議会共済会)
●ドクターズコラム
(健達ねっと メディカル・ケア・サービス)
など

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